黒子と部活帰りにマジバに寄ることは、最早日課だ。入学したばかりの頃、黒子の存在に気づかないまま彼の真正面の席へと座ってしまったことがきっかけだった。当初はただの偶然だったそれが、いつの間にか暗黙の了解になっていた。俺はチーズバーガーをそれこそ山のように注文するけれど、黒子はバニラシェイクを一本。たったそれだけで、腹に溜まるようなものは一切口にしない。たまに俺のチーズバーガーを分けてやることもあるけれど、それだって俺が無理やり食べさせているようなものだった。 「……相変わらず、君の胃袋は四次元ですね」 「んなことねーよ、普通だろ」 「これが普通だったら、お腹が裂けます」 「人間、そんなヤワじゃねーよ」 目の前で酷い音を立ててバニラシェイクを啜る彼に口で勝てないことは、長いようでまだまだ短い彼との付き合いで充分わかっているつもりなのだが、だからと言って反論しなくなるわけではなく。黒子も自分も負けず嫌いというなんとも面倒くさい性格の持ち主なので、俺だって初めから諦めた口喧嘩などするつもりはないのだ。 「そういえば、火神くん。カントクの新しい基礎練内容、聞きましたか?」 「新しい基礎練?」 「はい。何でも、今度は体幹を重視したトレーニングらしくて、柔軟をみっちりやるそうです」 「……今まで以上に、か?」 「そうみたいです。僕も火神くんも、骨の一本や二本は覚悟したほうがいいかもしれません」 「鬼か、あいつは!」 悲痛な顔で告げてくるこいつは、けれどその片隅に悪戯に成功した子供のような含み笑いを携えている。俺の反応を見て面白がっている黒子にムカつかない、と言えば嘘になるけれど、なぜかそれ以上に、俺はこいつを可愛いと思ってしまうのだ。 こんな気持ちになることが、最近増えた。例えば、俺がシュートを決めたときに合う視線だったり、俺よりも20センチ以上下から見上げられたときだったり、たまに泊まりに来たときに俺が作った料理を美味しそうに食べる姿だったり、マジバで大好きなバニラシェイクを顔を綻ばせて飲んでいるときだったり。男相手に可愛いだなんて、カントクの鬼練習についに頭までイカレたのか、とも思ったのだけれど。 「昨日本屋さんで、新しい文庫本といっしょに月バス買ったんですけど」 「え、まじで!?もう最新号出る日か?」 「はい。今回は、ちょっとだけ早めみたいですけど」 「読む!」 「火神くんならそう言うと思って、今日持ってきました」 月バスなんて雑誌、決して小さくはないし高校生としては少しでも荷物は減らしておきたいはずなのに、俺のためにと律儀に持ってきてくれた彼に、心臓をぐっと掴まれたような気持ちになる。 はい、と差し出された月バスよりも、俺は目の前の黒子に視線を奪われてしまった。まあるい透き通るような瞳が、俺を見上げる。火神くん?と語尾に疑問符をつけて首を傾げながら俺を見つめるその表情に、最近もっと増えたあの感情が頭の中を支配する。けれど今回はいつものそれよりももっと濃くて強くて、抗えない何かを持っていて。 「え、かが、み…、」 無意識だなんて言い訳にはならないけれど、そのときの俺は本当に無意識だったのだからしょうがない。 黒子から差し出された月バスを受け取って、それを盾にして黒子にキスをした。大きな双眸が、より大きくなる。きっと一秒もなかった。離れて、呆然とする黒子を見ていたら、また可愛いなどと思ってしまって。それと同時に、ああそういうことなのか、と理解してしまった。戸惑いも驚きも何もなかった。元からあったものをやっと見つけたときのように、その答えはそのまま俺の中に着地した。 「な、に…を…」 こんな街のど真ん中で男同士で、そもそも付き合ってもいないのにキスだとか、きっと言いたいことはいくらでもあるんだろう。俺だって、自分で自分がわからなかったぐらいなのだから。けれど、刻一刻と刻む時計の秒針に同調するかのようにじわじわと赤くなる黒子の顔を見てしまったら、やっぱり可愛いと思ってしまう自分が居て。なるほど、と納得してしまう。否、せざるを得ない。 「俺さあ、」 「………は、い…」 「おまえのこと、好きみたいなんだけど」 黒子が、息を呑むのがわかった。 「おまえは、どうなんだよ?」 我ながら自分勝手だし、順序も無茶苦茶な質問だと思う。キスした後に告白だなんて、女にしていたら張り倒されていたかもしれない。いや、黒子にこれからイグナイトされるという未来もありえるけれど。 怖いようで興味のある返事を、俺は黒子をじっと見つめて待った。俯いてしまった彼の表情はぎゅっと結ばれた口元しかわからないけれど、柔らかい髪の隙間から見える耳は、赤い。 「火神くん、は…ずるい、です…」 「は?何が」 「何でそんなに、いつも通りなん、ですか…」 「はあ?何言って、」 「火神くんが仮に本当に僕を好きなんだとしても、」 「仮に、って!おい!」 「好きな相手に告白するのに、いつも通りなんて、ありえません…」 「くろ、」 「好きな相手に告白されてる僕が、こんなに緊張してる、んです、よ…」 最後のほうはほとんど聞き取れなかったけれど、それよりも今、俺の目の前で縮こまっている彼の様子のほうが、もっともっと雄弁に彼の気持ちを物語っているから。 「おまえ、俺のこと好きなのか」 「…ッ、!だ、から…そういう、ことを…っ!」 「いつから?」 「……は、い…?」 「いつから、俺のこと好きだったんだよ?」 「……!」 「ってえ!」 直後飛んできた手刀にさえも、愛を感じてしまって。こんな始まり方もアリかもな、なんて思ってしまうのだから、本当にどうしようもない。順序を色々すっ飛ばしていても、その伝え方が他から突出していても、結局のところ伝えたいことはひとつだけだ。それがきちんと伝わったんだから、大目に見てくれてもいいんじゃねえの? 「帰ろうぜ」 「もう…ですか…?」 「んな寂しそうな顔すんなよ」 「……してません」 意地っ張りな、先程相棒から恋人へと昇格した彼の頭をくしゃりと撫でる。 「俺んち、来いよ。晩飯ぐらい作ってやるから」 そう言えば彼は笑って、俺が心臓を掴まれてしまった笑顔をくれるのだから、ずるいのはどっちだよ、なんて悪態をついてしまいたくなるのだ。 オレらなりのアイラブユー (無茶苦茶でも、それを払拭できるほどの愛があるのだから。) 企画「ライオンと影ぼうし」様へ提出 |