あの日は何も変わらない日常のはずだった。
「ほな帰りましょうか」
『うん』
光は私が制服に着替え終わるのを部室の外で待っていた。
寒そうにマフラーを鼻の下まで巻いて、ポケットに手を突っ込んで。
『先に帰ってていいんだよ?光疲れてるんだから…』
「何アホな事言ってはるんスか。俺が名前さん置いて先に帰れるわけないやろ。心配やわ。」
『あ、ありがとう…』
外灯で照らされた薄暗い夜道を私達は歩く。どうしようもなく鼓動が鳴り、いつも私はこの薄暗さに感謝する。
だって今変な顔してるもの。
「名前さん遠い」
『えっ、あ…うん』
私の腕を掴んで自分の方へ引き寄せ、満足そうに微笑む光。
その光の顔が一瞬で曇った。
『どうしたの、光』
「………先輩、早よ歩きますよ。」
『え、何で?』
「…誰かツケとる」
光はそう言うと私の腕を引っ張って早めに歩いた。私は小走りで彼について行く。
さっきまで気付かなかったけど、確かに私達じゃない足音が聞こえる。
それがどんどんこっちに近づいてきているのも。
『ひ、ひかる…っ』
「走るぞ!!!」
すぐそこまで近づいた足音に光も気付き、走り出した。
後ろから聞こえる足音もマネをするように走っている。
怖くてしかたがない。走り方が分からない。呼吸の仕方がわからない。
しばらく走ってから足がもつれて私は転んだ。
「名前先輩…!!」
後ろを振り向くとそこには刃物を持ってふらふらとこっちに近づいてくる影。
体に力が入らず、私は影が近づいてくるのをただ見ていた。
その影が右手を振り上げた瞬間、私は強く目を閉じた。
しばらくしてから来た衝撃にゆっくりと目を開けると外灯に照らされた光の背中が見えた。
ピチャッと雫がたれるような音がして、私はその音の発信源を探す。
『ひ…かる………?』
発信源は正面。崩れ落ちた光の体。広がっていく赤い円。
私はもう一度光に呼びかける。
視界の端では、さっきの影が通行人に取り押さえられている。
光を中心にして描かれる円は広がるばかり。
『ねぇ光、何で無視するの…?』
誰かが救急車と警察を呼ぶ声が遠くで聞こえる。光は一向に目を開けてはくれない。
光を腕に抱き、耳元で名前を呼ぶ。
私の腕から熱がだんだんなくなっていくのがわかる。
『嫌…っ、嫌だよ光………っ!!死んじゃいや!!!目開けて、光ーーーーーー!!!!』
道端で泣き喚く私の声を掻き消したのは、救急車のサイレンだった。
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