危うかった空模様はやはり雨に変わった。天気予報ではいつものお姉さんが今日は洗濯日和なんて言っていたのに、と恨みがましく呟いてみても雨は止みそうになくて、私はただただ昇降口に立ち尽くす。最近喧嘩しかしていない彼氏はもう帰っているだろう。この雨の所為か最終下校時刻にはまだ早い時間にもかかわらず人の気配はほとんどしない。 「…みょうじ?」 「あ、」 そんなタイミングで現れた田沼くんを思わず頼るよすがにしてしまったのは、多分仕方がないことだった。 ――― 「ごめんね、入れてもらって」 「いいよ、これくらい」 男子にしては細身の田沼くんと私が入ったくらいじゃ、傘の許容範囲は超えないのか私と田沼くんの間には微妙な距離が居座っている。実は中学校三年間一緒のクラスで何度か隣の席にもなったことがあるのだけれど、私と田沼くんは気の置ける関係というほどではない。そのため、時折の会話のほかに流れる沈黙は少しばかり重い。ああ、失敗したかな、なんてこっそり息を吐くと田沼くんが何かを思い出したのか、あ、と声を上げた。 「みょうじさ、」 「うん?」 「この間遅刻してただろ、先週の木曜くらい」 確かにその日私は目覚ましをかけ忘れて思い切り寝坊した。大正解だ。でもどうしてそれを田沼くんが知っているんだろうか。 「えっ、何で知ってるの」 「俺の席、窓際だからみょうじが走ってたのよく見えたよ」 「ぐ、恥ずかしい…!」 思わぬ不意打ちに私がもだえているのを見て田沼くんは笑った。前とは違って表情が豊かになった田沼くんは私の知っている田沼くんとはなんとなく違う人のように思える。きっと最近よく一緒にいる夏目くんの影響だろう。 「髪、切ったんだな」 「あ、うん、長いと大変だったから、洗うのとか」 「眼鏡もやめたんだな」 「コンタクトのほうがすっきりしてるから」 「俺、みょうじの髪も眼鏡も好きだったのに」 どきりとした。その言葉の真意はなんだろうと思ったけれど、私に聞き返す勇気はない。私は曖昧に笑ってごまかした。卒業式のあの日田沼くんに告白できずに、好きでもない男と付き合っている私は馬鹿な女だ。だからきっと勇気以前の問題で、権利がないのだと思う。返す言葉も新しい話題も見つからない私に田沼くんはゆっくりと言葉をおとしてゆく。 「この間、彼氏と喧嘩してただろ」 「…最近はずっとあんな感じだよ」 「別れたりしないのか」 「…まだ、だと思う」 私の脇を車が水しぶきをあげて通り過ぎる。さっと水しぶきをよけると反対側にいた田沼くんと肩が触れた。私は慌てて、ごめん、と謝って離れようとして、動けなくなった。私の右腕を田沼くんが掴んでいる。傘はまだ余っているのに私と田沼くんの距離はゼロになって、気づけば向かい合っていた。 「田沼くん、?」 「………」 「あ、あの…」 「ごめん」 私の腕を掴む田沼くんの手が熱い。雨の音がさっきよりも遠く聞こえる。世界がやたらにスローモーションになっていくようだと頭の片隅で思った。 「 」 ゆっくり田沼くんの顔が近づいてきて、私は条件反射のように目を閉じた。 レイニー・ブルー (この恋は終わったはずだったのに) 友人に書けと言われて。夏目の雰囲気が独特すぎて田沼が誰かわからなくなった。 |