「ってちょっと待て、2度目って」
「2カ月前にウチに泊まったときに寝惚けて言ってたよ御幸。ちゃんと覚醒した状態ではいつしてくれるのかなあって思ってたら次は酔っ払ってだったよね」
「…まじで」
「まじまじ。まあ1回目のは私も眠かったからいいよーって言った気がするけど、アレ無しね。今回のも返事してないし」
そんなプロポーズはさすがにいやである。するとおそらく私が言いたいことが分かったのだろう、箸を置いてお茶を一口飲んだ御幸。その目は今まで私が見た中で、グラウンドでの表情を除いて一番と言って良いのでは無いだろうかってほど真剣で、私も同じように箸を置いて姿勢を伸ばした。蛇に睨まれた蛙、みたいな状態。実際に睨まれてはいないけど、でも緊張か、心臓がせわしなく働く。頭の片隅で、御幸と対戦する投手はこんな感じなのかな、なんて思ったり思わなかったりする余裕はあるから大丈夫だろうか。
「…一応弁解しておく。本当は、もっとちゃんとしたとこでムードとか考えてする予定だった。でもよく考えたらおまえそういうの好きじゃねえよな」
「まあ、夜景の見える高級レストランでたくさんの薔薇の花束と〜…、みたいな夢は見てないな」
「うん。だから今言う。名字…いや、名前、俺と結婚してくれねえ?仕事も辞めろとか言わねえし、家事は俺もやる。シーズン中とかはまた寂しい思いさせちまうだろうし、こんな職だからどうなるかも分かんねえ」
でも俺は、おまえがいたらもっと頑張れると思うし、支えて貰いてえとも思う。絶対幸せにするから、結婚してくれねえか。
そう言い切った御幸は、真剣な目の中に少しの不安を隠しているように見えた。バカだね、私が御幸のプロポーズ断るわけが無いのに。
「プロ野球選手のお嫁さんかあ」
きっと大変だろう。普通の職に就く人と結婚した方が楽だと思う日がくるかもしれない。でもきっと、私は御幸と、御幸一也と結婚することを後悔する日は来ないんだろう。だっていままで、それこそ、高校からずーっと付き合ってきたけど、一緒にいることを後悔したことは無いんだもの。今後そんな日が来るようにも思えない。でも、一つだけ言うとすれば。
「幸せにする、じゃ足りないよ」
「足りない?」
「私だけ幸せなんて、結婚する意味ないじゃない。だから、一也も一緒に幸せになろう」
そういうと、「おまえ、変なとこで男前すぎ」と御幸は笑った。当たり前のことのようだが私は男前度発揮してるつもりはない。
「一緒に幸せになってくれるなら喜んで結婚する」
「ん。もちろん」
笑って私の髪を撫でる御幸。普段ならあり得ないくらいの糖度の高い部屋にむず痒くなった。たぶん私の顔は、目も当てられないほど赤いことだろう。でも、御幸の頬も私と同じように赤く染まっているからお相子だ。
早いうちに両親に挨拶に行かなきゃね。御幸は何度か私の実家に来てたしお父さんやお母さんとも打ち解けてるから、そこの苦労はしないだろう。私は御幸のお父様と1、2回くらいしかお会いしたことはないけど仲良くやれるだろうか。
あとは青道の人たちとか友達とかにも報告して、たくさんおめでとうって言って貰おう。御幸は家事を手伝ってくれるって言ってくれたけど、私はもっとちゃんと料理できるように練習しなくちゃ。野球選手の奥さんとして、栄養考えたご飯を作ってあげたい。
なんて、今から考えるのはいささか気が早いのかな。でもいいよね、今日くらい浮かれていても。ああそうだ、まずはお互いの呼び方を変えることにしようか。だってもうすぐ私たち、同じ名字になるんだもんね。
そういうと、ようやく肩の荷が下りたと言いたいかのように息を吐いた御幸。あははと笑うと、笑うんじゃねえよと軽くはたかれてしまった。
「っつか、携帯うるさすぎだろ…」
「それだけ昨日の御幸が衝撃的だったってことでしょ。いいじゃん、次のOB会楽しみになって」
「はー?ふざけんなよ、っつかお前もつれていくに決まってんだろ」
「いや私部外者じゃん」
「だからもう部外者じゃねえだろ」
そういって携帯をチェックする御幸。肩越しに私も見てみると、やはりというべきか青道のグループとか、あとはチームメイトだった人たちからの個人のラインがほとんどだ。友達の少ない御幸には珍しく、たくさんの人たちからの連絡が届いている。真っ先に倉持、あとは前園くんとか川上くんとか、沢村くんもいる。そういえばさっき私の携帯もなってたからあとで返しておかなくちゃ。どうせ倉持だろうし。
言葉はいやいやでも、ポーカーフェイスの中で喜んでいるのはもろばれだよ。表情の変化が希薄というわけではないけれど、こういう時は隠すのがうまい御幸。それでもいつからかな、その奥の表情が見えるようになったのは。ひそかに携帯のシャッターを押して、そんな御幸の写真を保存した。昨日の動画とは違って、この写真は誰にも送ることはしない。だってこんな表情、私以外知らなくていいもの…なんてね。
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完結。これ誰だと思いながら書いてました楽しかったぜふぅ〜〜
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