「おはよう」
「…はよ、え?」
「昨日は青道のOB会。散々飲んだんだろうね、酔いつぶれて倉持に家が近いからって連れてこられた。その倉持の家の布団には沢村君が占領、倉持はソファで寝ているらしいよ。あんたは私のベッドで寝ていました。なにか質問は」
「あーいや、大丈夫。悪ぃな」
「それは別に良いけど。あ、でも御幸酔うと面倒くさいからできれば私の前で酔わないで」
そういうと、は!?という御幸。なんとなくわかってはいたが昨日の出来事は全く覚えていないらしい。そうだろうなと思っていたからいいんだけど。台所からさっき持ってきたミネラルウォーターを差し出した。
「頭痛いとかない?水飲む?」
「あーサンキュ。もらうわ。んで、俺なにしたの?」
「…いやあ見事にさっぱり忘れてるね」
そういって部屋を出る。昨日あんなに面倒だったからな、仕返しだバーカ。あ、あとで昨日撮った動画を倉持に送ろう。きっと有効活用してくれるだろう。終わり方はちょっとあれだけど、文句言わずに使ってくれると信じているよ。昨日の動画ファイルをそのまま送信。そのあとに『ご自由にお使いください』って送って…よし、できた。きっとまだ寝ているだろう倉持がこれをみておなかを抱えて笑い転げ、一緒にいる沢村くんを巻き込んで、いずれ野球部全体に広めてくれることだろう。我ながらなんていう性格の悪さだろう。
朝ごはんの支度はもうほとんど終わっている。と言っても、ご飯にお味噌汁、焼き鮭と卵焼き、大したものは作ってないし、作る気もない。私と一緒にリビングにはいって、テーブルの前に座った御幸によそったご飯を渡した。
いただきます、と手を合わせてからほとんど同じタイミングで食べ始める。何かを言いたげな御幸の視線に気づかないフリをしながら、おもむろに話を始める。
「昨日さ、友達とかとごはん食べに行ったのね」
「へー」
「名前は結婚しないのって話題になったんだけど」
「…ふーん」
「まだじゃねって否定した3時間後くらいにプロポーズされた」
「は?」
「ちなみに2回目」
「はあ?」
超真顔で、どういうことだよと聞いてくる御幸はまあ怖い。超怖い。
「御幸さん、近い」
「ちょっと黙っとけ。んで。誰にされたんだよ」
「えー、…内緒?」
「しかも2度目?お前ふざけてんの?浮気だっつう自覚はあるよな?」
「心配しなくてもどっちも同じ人だよ」
「余計ダメだろそれ。んで、その男、どこのだれ。どんなやつ」
久しぶりに見た御幸の怒った顔。本人忘れてるプロポーズをプロポーズと呼んでいいのかははなはだ疑問ではあるが、それでも私からしたら2度はされているのだからいいだろう。ちなみに1度目というのは、2か月前に私の家に泊まりに来た御幸が半分寝ぼけながらされたもののことを言う。次の日には案の定覚えていませんでしたこの男。ものすごくむかつく。いやあれは私も寝惚けてたけど。だからこれは仕返しということになるだろう。うん。大丈夫。これ教えたら思い出すのかな。誰、という質問には答えないけど、どんなやつ、かあ。ふむ。
「…名前で呼ばないと、拗ねる人?」
「は?どこのガキだよ。幼稚園の子供にでもされたのかよ」
「残念ながら私と同い年なんだよね」
「同い年……まさか鳴とか言わねえよな」
子供で同い年、という結論から真っ先に出てきたのが成宮くん、か。まあ確かにちょっと子供っぽいなって思うようなところはテレビや御幸の話を聞く限りあるけど、とばっちりである。あったことだって2、3回だし、向こうも『一也の彼女!』っていう認識らしいからそんな感情も垂れることはないと言い切れよう。黙って首を振る。
「プロポーズの言葉は『愛してんだよー、お前いなきゃ生きていけねえよー、だから結婚してー』でした。おなかに抱き付きながら、真っ赤な顔でね」
「………」
「露骨にやべえだろそいつバカなんじゃねえのみたいな顔するのやめようか」
「だってそう思うだろ」
ちゃんとヒントをあげているというのに全く気付く気配もない。そんなんで大丈夫か御幸一也。あんた一応球団背負う捕手でしょうが。頭使わずして何をリードするのだろう。まあ野球とこういうことは違うだろうけど。質問を重ねるたびに不機嫌そうな表情になる御幸がもう面白くて面白くて、ふふ、と笑う。もういいか、こんなにいじめると後が怖い。
「その人のムービー撮ったから見せてあげるよ」
「なあ」
「ん?」
「お前俺と付き合ってたんじゃねえの?そんな堂々と浮気宣言?…それともこの2か月で別れたとかいうのかよ。俺、認める気はねえけど」
付き合ってるし、浮気じゃないし、別れてと言われても別れてやるつもりもない。でもそれを言ってあげるほどやさしくない私は、まどろっこしい真似は嫌いだよ、とだけ言って、携帯を渡す。ちなみに見終わった御幸に消されてもいいようにバックアップは完璧だ。まあいざとなったら倉持に送ったわけだし、そっちからも動画は守られるだろう。
「はい、スタート」
「俺の質問に答えはしねえの」
「これがすべてだよ」
そういうとあきらめたのだろう、画面に目を向ける御幸。その直後に表情が固まった。まあそれもそうだろう、顔を真っ赤にした自分が、覚えてもいないような言葉を発しているんだから。しかもそれがプロポーズの言葉なんだから。
見終えた御幸は、長く重いため息をついてこめかみを抑えた。大丈夫?と声をかけるとそうにみえるか、と返される。うーん、見えないね。
「大丈夫、なかなか可愛かったよ。おなかはきつかったけど」
「なんも大丈夫じゃねえし、…とりあえずこの動画消すからな」
「いいよ。もう倉持に送ったし」
「は!?」
慌てて私のスマホの倉持とのトークを開く御幸。期待も虚しく既読の文字がついている。起きるのはやいね。
マナーに設定しているのだろう御幸の携帯はソファの上でぶるぶると休むことなく震えている。倉持が個人でそんなに送るわけないし、青道のグループにでも貼ったのかな、はははとわらうと、お前ね…と頭をつかまれた。私はバレーボールかなにかか。痛い痛い痛い、やめてください。
「いたいいたいっ!はなして!酔った勢いでプロポーズなんてするからだバカ!!」
そういうと、ぐっと押し黙った御幸。めずらしく口げんかで私が勝った瞬間である。
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7.8
御幸くんのキャラが迷子
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