「まあ名前たちは高校の時から淡泊カップルって有名だったからねえ」

3か月はあってないし、1か月は連絡とってないかな。そういった私にかけた友人のその言葉に、まあね、と答えたのはわずか3時間前のことだ。それがどういうことだろう。いったい誰なんだ、このわたしにへばり付いて離れず、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるプロ野球選手(24)は。






普段はちゃんとセーブして、自分のキャパを決して超えない御幸が、べろんべろんになって倉持に抱えられてきたのは、帰宅して、ぜーんぶ終わって就寝準備まで終わったころだった。いったいどうしたんだと倉持に問えば、青道の御幸の一つ上の代が企画したOB会だったという。その会場がどうやら私の家から近かったらしく、わりィけどこれ頼むわと押し付けられた。いやだと言いたくても、下のタクシーにはもう一人、一つ下の学年の沢村くん(泥酔済み)がいると言われれば、そして倉持の心労を考えれば、NOという答えを出すことにためらってしまう。さらに「今日はアイツに布団使わせるから俺はソファで寝るんだよ」と言われてしまえば、もう受け取る以外の選択肢はなかった。
引き取った後、引きずりながらベッドに運んで、焼け石に水程度でも水を飲ませてやろうとキッチンに行こうとしたら、いつの間にか目を覚ました酔っ払いが半分以上寝ぼけたまま抱き付いてきた。

普段ならしない行動。もしかして誰かと間違えているとかだろうか。それは浮気ですよ御幸さん。

「みーゆき、離して」
「…どこ行くんだよ」
「台所。水のまなきゃでしょ、ミネラルウォーター持ってくるから」
「いらねえ」
「わがまま言わないの」
「………」
「みゆきー、みゆきさーん」
「…………」

なんなんだこいつついに無視か。明日どうなっても知らねえぞと思いながらも、ベッドに座る。普通の一人用のシングルベッドは狭い。ものすごく狭い。これは今日は私も倉持のようにソファかもしれないなあなんて思いながら、依然抱き付いたままの御幸の頭をポンポン撫でる。このまま寝てくれれば助かるんだけど。あ、腕の拘束緩めてからね。座りながら寝て疲れをとれるほど器用ではない。

「名前、名前」
「はいはい、なんですか、一也さん…ぐえ」

普段とは違う名前呼びに、同じように返すと思い切りおなかを締められた。これはダメだということか。面倒くさいなこいつ。そういや付き合い始めたばかりの高校2年の時に一也って読んだら思い切り睨まれたっけ。それきり私は一度も一也と名前で呼んだことはない。そのことを倉持に話したら心底同情するような視線を返されたが、その理由はよくわからない。

「何考えてんだよ」
「ん?ああ、御幸のこと考えてますよー早く寝ましょーねー」
「………」
「え、また無視?」
「…………」

もう嫌だこの酔っ払い。何考えているのかわからないってのはある意味こいつの場合デフォだけど、酔っぱらうとなおひどい。面倒くさいと言った方がいいのだろうか。誰だこんなに飲ませたのは。倉持か沢村くんか…あとは野球部ってうろ覚えだわ。前園くんとか、川上くん…あとは白州くんとかもだっけ。かろうじて数人同級生の名前は思い出せるけど、先輩とか後輩とかは名前知らない。まあ何でもいいから、とりあえず倉持責任取ってくれ。なんて脳内で倉持を責めていると唐突に御幸が「かずや」と声を発した。

「御幸?」
「だから一也だって言ってんだろ」
「ぐえ」

いや分かんねえよ。知らねえよ。でも「はいはい、一也ね」というと満足したようにぐりぐりと頭を押し付けられる。なんか痛いわけじゃないけどむず痒い。それに今日の夕飯は結構がっつりジューシーなお肉だったんだ、やめれ。おなかの脂肪がばれてしまう。

「もう寝よう。明日早いんでしょ」
「名前も」
「わかったから。寝るから」
「ん、名前すき」
「はいはい」
「あいしてるー」
「はいはい」

そこからよくわからないスイッチが入ってしまったようで、好きだの愛してるだの言い続ける御幸。仮にも彼氏に言うことではないけど敢えて言わせてもらおう。

だ れ だ こ れ 

高2から付き合いはじめて、もう何年もたつけど、そんな甘ったるいセリフ言われたことはほとんどないといっていいだろう。やっぱり誰かほかの名前さんと間違えているのだろうか。それともこれは偽物の御幸?ドッキリとか?

考えるのも嫌になって…というか、もうなんか面白くなって、携帯を開いてムービーを撮ることにした。よかった、ベッドサイドに携帯置いておいて。カメラを起動させて、レンズを御幸に向ける。

「一也さーんほらほらこっち向いて」
「んー。名前すき。大好き」
「ありがとー」
「愛してんだよーお前いなきゃ生きていけねえよー」
「そりゃ嬉しいねーありがとねー」
「だから結婚してー」
「……は?」

言われた言葉をうまく呑み込めなくて、そして動揺したせいでムービーを切ってしまった。保存されているのを見てから、放り投げる。一度大きく深呼吸してもう一度さっきの言葉を反芻したけど…やっぱりこれ、私、プロポーズされた?
人生2度目のプロポーズ(まがい)に動揺を隠せないでいると、何を思ったのか御幸はあのな、と話し始めた。

「俺な、一人暮らしやめてえの」
「なに、実家にでも戻るの?」

プロになりたてのころは寮暮らしだったけど、1軍になって活躍して。数年前に寮を出て球場と駅の割と近いところで一人暮らしをしているのである。ちなみに私のアパートとは電車で3駅という、まあ近くはないけど遠くはない、という位置にある。お互い仕事も付き合いもいろいろあるし、文句を言ったことはない。ただ、ちょっとした理由があって2か月くらい前に届いたアパート更新のお知らせはずっと部屋の隅のカラーボックスの上に置かれているけれど。

「ちげえよバカ。一緒に住もうって言ってんの」
「いやしらねえよ」
「はー?なんでだよ」

ダメだこいつ、酔って頭のねじが1・2本…いや、100か200は抜けている。起きて相当後悔しそうだね、忘れている可能性も高いけれど。…どのみちもう私の手には負えない。ああ倉持よ、布団でも何でも貸すから来てくれ。こいつ持って行ってくれ。

「ヘルプミークラモチ…」

小さく呟いたはずなのに、目ざとく拾った御幸はぎゅうっと腕を締める。さっきの比ではない。出る出る、なんか肉とかもろもろが出る勢いである。

「…いたいんだけど」
「浮気」
「は?」
「俺より倉持の方がいいってのかよー。俺あいつの盗塁何回も刺してんだけど」
「本当めんどくさいね今日は。野球関係ないし」
「俺と一緒に暮らすのいや?」
「いや別に。どうせこのアパートあとすこしで更新だし」
「知ってる」
「知ってるのかよ」
「前来た時にはがき見た。んで一緒に住みてえなって思ったんだよ。俺の部屋はお前のために1部屋あけてるし、家事は俺がやるし、お前はお帰りって言ってくれればいいからさあ」

酔っ払いの戯言とはいえなそうな、なんか前から考えられていそうな言葉に息をつめる。ふと腕の拘束が緩くなっていると感じて下を見ると、そのままの体制ですうすうと寝息を立てている御幸。えええ、まじかあ。

ゆるんだ腕から抜け出ながら、赤い顔のまま今日は何処で寝るかを思案する私はさぞ滑稽だろう。

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7.8
勢いで始めた中編というか短編のちょっと長いverというか。


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