戦争に身を投じて、2年。

想いを通わせるようになって、1年。

幼馴染であり戦友、そして恋人である男、坂田銀時の言動に、最近、不可解なものが増えてきた。

宇宙より飛来し、一方的に不平等な条約を押し付けてきた、天人。

利を貪る彼らと、国を守らんとする侍たちとの間に、のちに攘夷戦争と呼ばれるようになる戦争が勃発して久しい。

だが、状況はお世辞にも侍たちに有利とは言えず。

先の見えない戦局、

ぐらつき始めた幕府、

次々と斃れていく仲間、

疲弊しきった体に、雀の涙ほどの物資。

行く手に立ち込めるのは暗雲ばかりで、

精神を侵され、狂っていった者を、何人も見てきた。

「よお、お帰り、高杉」

「あァ・・・帰ってたのか」

「俺今日留守番〜」

桂が綿密に立てた作戦と、予測していなかった事態を埋める高杉の奇策で、辛くも勝利を収めた日の夜のこと。

高杉が陣へと帰り着き、一風呂浴びてさぁ寝ようかと思っていると、どこからともなく銀色の男が現れた。

戦場では血と泥に染まり、乾いて目も当てられないことになる銀髪が、今は月の光に照らされ、やわらかく輝いている。

「お前明日先陣だろうが。寝とかなくていいのか?」

「大丈夫大丈夫。今日ずっと昼寝してた」


「お前夜目立つんだからあんまりふらふら出歩くな。夜盗とかに絡まれたら面倒くせェだろうが」

「・・・そこは心配してほしいんですけどー」

「寝言は寝てから言え」

「じゃあ高杉が寝かしてくださーい」

茶化すように言い、そのままふわり、と抱きしめてくる。

「・・・ガキじゃあるまいに」

「まだガキですー」

「・・・仕方ねェなァ・・・」

なんだかんだ言って、自分もこいつには甘い。

洟垂れ小僧のころから変わらぬ馬鹿力に絞め殺されそうになりながら、この手を振りほどけないでいる。

「・・・早く行け。寝るぞ」

「うーぃ」

嬉々として自分の手を引く銀時に半ば引きずられながら、高杉は盛大にため息をついた。
まぎれもない人でありながら白夜叉の異名をとり、

武神として崇め畏れられ、

連日戦場を駆け回り、

攘夷軍最強と謳われる実力を持つ、銀時。

刀を持たせれば無敵といわれる、白い死神。

普段は飄々としている甘味バカ。

単純そうに見えて、何を考えているのかわからない。

鬼の強さと柳のしなやかさを備え、しかしその実、誰よりも優しく、繊細で純粋な心の持ち主である彼も、

その優しさゆえに、変わり始めてしまっているのだろうか。



一か月前。

情事の最中、髪をむしって食われた。

何するんだ禿げるだろうがと怒ってみせると、銀時はしばらく真剣な顔でもぐもぐもぐもぐやった後、

「んー・・・」

微妙な顔をして飲み込みやがった。

あとで聞いたところによると、血と梅と煙管の煙の味がしたらしい。

腹が立ったので、翌日同じことをしてやった。

飢えに耐え切れずにその辺に生えていた雑草を口に入れたことは何度もあるが、あれよりもはるかに噛み砕きにくく、飲み込みにくい。わたあめのような外見を裏切り、いくら奥歯を噛みあわせてもぷちぷちと切れるばかり。無理に呑み込もうとしたら喉に引っかかって盛大にむせた。噛めば噛むほど味が出るわけでもなく、破片が口に残って気持ち悪い。

だが、確かに、血と泥と糖の味が、した。

一週間前。

天人に、左目をやられた。

焼けるような痛みと一瞬で紅に染まった視界、誰かが俺を呼ぶ声と飛び散る朱。

視界にうつった白い羽織と、ふわふわの銀色。

高杉が覚えていたのは、そこまで。

次に気が付いたときは、左目に包帯を巻かれ、私室に敷かれた布団に寝かされていた。

傍らには、夜叉の名をとる銀髪の男。

目覚めた高杉に気づくと、彼は腑抜けたツラをくしゃくしゃに歪めて抱き着いてきた。

「よかった、よかった、高杉・・・」

生きていてよかったと言いたいのか、目が覚めてよかったと言いたいのか、まだ戦える状態でよかったと言いたいのか、もしくは、突っ込む穴が無事でよかったと言いたいのか。

「離れろ。苦しい」

押し戻そうとすると、ますます強く抱きしめられる。

「苦しいっつって・・・ん?」

払いのけようとした手に当たった、感触。
「・・・高杉」

「あァ?」

「勃った」

「死ね」

3日前。

左目を摘出した。

医療班の連中がしきりと力不足を詫びてきたが、放置しても腐るだけのものをわざわざ取っておくこともない。

物資がなさ過ぎて麻酔なしでの手術となった。消毒のために熱した刃を顔に突き立てられるのはあまりいい気分とは言えなかったが、不覚を取ったのは自分。

作戦のためとはいえ隊の者を大勢死地へと送り、踏み台にしてきた者への報いとしては、軽すぎるくらいだ。

包帯に覆われた左の眼窩に軽く触れると、布の頼りない感触。その下にあるべきものは、今は銀時の腹の中。

そう、奴は摘出した目玉を、食いやがったのだ。

何度追い払っても高杉のそばから動こうとしなかった銀時は、左目が主を失うやいなやそれを取り上げ、止める間もなく口に入れた。

しばらくころころと口の中で転がした後、思い切ったように噛み潰し、慌てる一同の前で顔色一つ変えずに飲み込んだ。

そして、絶対に快い味などしないだろうそれの余韻を楽しむようにぴちゃぴちゃと口の中の残滓を味わい、好物の饅頭を食べた後のように、それはそれは幸せそうに笑ったのである。

「テメェ、何してやがる!」

あまりのことに痛みを忘れて怒鳴る高杉に一瞬口づけ、想い人は言った。

「うめぇ・・・うめぇよ、たかすぎ」

「しあわせだよ、たかすぎ」

「いつもお前に取り込ませるばかりだけど、やっと、取りこめたんだ」

「ひとつに、なれたんだ」

「・・・」

その時のことを思い出して、高杉は頭を抱えた。

ないはずの左目は、まだ少し、痛む。



そして今日。

真昼間から、押し倒された。

・・・いや、それだけならさして珍しいことでもないのだが、今回はさらに、鎖骨あたりの肉を食い千切られた。

「・・・ぐあ・・・っ・・・」

悶える高杉をしばし見下ろした後、銀時はその傷口にがばりと唇を付け、ちゅうちゅうごくごくと血を吸い始める。

「ぎ・・・とき、・・っあ、お前、何を」

「高杉ぃ」

絡み合う視線の向こうに、爛々と光る、紅の瞳。

「あいしてるぜ・・・」

「銀時?」

「あいしてる。大好きだ。あいしてる」

唇を高杉の血で染め、白い鬼は、わらった。

「おまえと、ひとつに、なりてぇんだ」

「ぎん、とき」

ひとつに、なりたい。

それが官能的な意味ではなく、文字どおりの意味であることに、高杉は気づいてしまった。

毎晩組体操仕掛けてくるのはどこの誰だ、とでも言い返せればよかったのだが、

いつになく真剣な彼の瞳が、高杉の一部だったものを取り込んだ唇が、それを許さない。

だから、

そのわたあめのような髪をくしゃりと撫で、

高杉は、口元を引き上げてみせた。

「俺が死んだら、心臓、お前にやらァ。・・・だから、それまで我慢しろ」

「嫌だ」

「・・・やだ、って、おい」

「それって、俺が置いて行かれるの前提じゃん」

幼子のように唇を尖らせ、銀時はすねる。

「そんなの、やだ」

視界を覆う白、

高杉より少しだけ高い体温、

体に回される逞しい腕、

消えない、血のにおい。

「お前は、俺が、死なせねぇ。・・・俺が、守るから」

「ほォ?」

ああ、やはり俺とお前は、似た者同士。

「奇遇だなァ。お前は、俺が、死なせねェって、決めてるんだが」

「えー?」

顔を見合わせ、ふたりでわらう。

「じゃあ」

「死ぬときは」

「一緒に」



それから夜まで、二人とも、いつになくのんべんだらりと過ごした。

絡み合うでもなく気まぐれに抱き合い、

頬を撫でてはくちづけて、

見つめ見つめて笑いあう。

沈む夕日に目を細め、

宵闇迫れど襖も閉めず、

夕餉も仲間もしらんぷり。

そうして皆が寝静まった頃、

やおらむくりと起き上がり、

手を取り合って外へ出た。

陣幕くぐって林へ入り、

林の向こうの森へ入り、

森の奥へどんどん奥へ。

戦場仕込みの足もそろそろ疲れてきたころ、

名もなき大木の根元にたどり着いた。

しばらく息を整えた後、太い幹にもたれて座り込む。

右隣に、いつかと同じ、月明かりに照らされて輝く銀髪。

ああ、きれいだと、素直にそう思った。

「・・・さすがに、だりぃなぁ・・・」

「無駄に奥入るからだろ。もうちょっと手前でやめときゃァよかったんだ」

「だって、見つかりたくないもん」

「見つかっても別に構いやしねェだろ」

「俺が構うんですー」

中身のない無駄話。

ふたりきりの、時間。



月が雲に隠れたころ、二人は示し合わせたように動き出した。

銀時が愛用の大太刀をすらりと抜くのを見て、

高杉もまた、鍔のない長刀の柄に手をかける。

向かい合い、見つめあい、ほほ笑んで、くちづける。

たっぷりと舌を絡め、互いを味わい、貪りあってから、唇を離す。

名残の糸がぷつりと切れたところで、

まったく自然に、自分の得物を、互いの首筋に、当てた。

「・・・いいのか?」

「何がだ」

「隊の連中。総督がいなくなったら、総崩れだぜ?」

「そんなヤワに育てた覚えはねェ」

「お前はお母さんかっつうの」

「剣の持ち方も知らない時から、手塩にかけて仕込んだ連中だ。・・・もう、気に掛けることは何もねェ」

「そうか」

「あァ」

どちらからともなくもう一度くちづけ、

刀をしっかり握りなおしてから、



迷いなく、一気に、引いた。


吹き出す鮮血。

迸る赤。

染まる白、染まらない銀色。

嫌というほど見てきたはずだが、その光景は格別に美しく。

高杉は己も赤い水を噴き出させながら、表情筋を叱咤して笑みを作る。



戦に出れば、誰かに殺されるかもしれない。

自分だけが置いて行かれるかもしれない。

自分が置いていくかもしれない。

相手を信じていないわけではなく、

むしろ誰よりも、自分よりも信じていたのだが、

そんなこと関係なし、終わるときには終わるのだということ、

ふたりとも、よくわかっていた。

そして、

愛する人が誰かの手にかかるのが、

愛する人を置いていくのが、

たまらなく嫌だった。



狂っていると言われようと構わない。

先生を奪ったこの世界そのものが、すでに十分狂っている。

先生のいない世界で今まで生きてきた自分も、やはり狂っている。

一つでも多くの命を奪うことこそが正義である戦争に身を置く皆だって、狂っている。

狂っているものだらけの世の中なれば、狂っていることこそ正常なのではないのか。



なにより。

白い鬼としてではなく、幼馴染で喧嘩相手で恋人で、

鬼の頭としてではなく、幼馴染で喧嘩相手で恋人で、

自分をひととして扱ってくれる人が、

自分がひととしていられるうちに、

他の何でもない、ひとのままで、終わりたかったのである。



憂き世に残すも忍びなく、

残されるのも忍びない。

落ちて止まるは地の底なれど、

汝と居ればそこが極楽。

朱に染まった刀を取りて、

地獄で鬼と遣り合わむ。

夜叉の名背負う白銀の英雄と、

鬼の名冠す兵の頭、

背を預けるに申し分なし。



伸ばした指をしっかり絡め、

霞みゆく目に思い人の顔を焼き付け、

今までで一番幸せな気分に浸りながら、

ふたりは、こと切れた。





すべてが終わって、幾年経ったか。

とある村のとある夫婦のもとに、こうのとりが双子を運んできたそうな。

ひとりは、鴉の濡れ羽色の髪に翡翠の瞳、

もうひとりは、わたあめのようなふわふわの銀髪に緋色の瞳の、

それはそれは可愛らしい男の子だったと。

(終)


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