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□10年越しの約束を果たそう







『絶対、約束するよ』

ぼんやり消え入るその声に重なってピピピと連続して鳴る機械音に目を覚ます。
耳元で鳴り続けるアラームをスイッチ一つで止めてまだぼやける視界で天井を見上げた。
「…懐かしい夢、見たなあ」
随分久しぶりに見た中学時代の夢に、懐かしさと…何だか少し寂しさを覚えた。

あれから10年。
私は中学生の頃に夢を抱いた念願の教師になった。
それも母校の雷門中の教師でサッカー部の顧問だ。
教師になるまでもなかなか大変だったし、今も毎日忙しいけれどそれなりに充実している。
だけど、それと同時に…彼とも直接会う回数は年々減り、連絡も行き違いになる事が多く最近ではまともに声を聞いていないどころかメールすらもろくに交わしていない。
不安じゃないか、寂しくないかと聞かれたら正直不安だし寂しい。
本当は今すぐ会いたい。
だけど、今はサッカー部もやっとまとまり出した大事な時期だしやる事が山積みでいろいろと余裕がない。

いつものスーツに着替えて軽く身なりを整えてバッグに手をかける。
ファスナーを開けて中から小さなジュエリーケースを取り出して久しぶりに蓋を開いた。
中にはシルバーでハートを象りキラキラと光るピンクの石が付いた指輪。
あの日立向居くんがくれた勘違いのピンキーリング。
10年経った今も、肌身離さず持ち歩いている。
学校ではアクセサリーを付けてはいけない決まりはないが、何となくいつもケースに入れていた。
だけど今日は、何だか嵌めていたかった。
「…ふふ、夢のせいかな」
自分の小指に嵌まる23歳になった私がするには少し可愛すぎるデザインのリングを見つめて自嘲交じりに呟いた。
『約束する』
その声が再び頭の中に響いて何故か涙腺がじわりと緩んだ。


学校では目ざとい生徒数人に珍しく指輪をしている事をからかわれたが、いつもとなんら変わらない一日を終えて帰路につく。
すっかり日も暮れて冷たい風が髪を梳く。
「春奈」
夜風に混ざった聞き違えるはずもないその声に、一瞬時が止まった気がした。

振り返ると、そこにはここに居るはずもない彼が立っていて、私をまっすぐ見据えて微笑んだ。
「…たちむかいくん……?」
ああ、きっと私はまだ夢の中にいるのだろう。
それか、会いたいあまり幻覚でも見えているのかもしれない。
私が呆然と立ちすくんでいると、歩み寄って来た立向居くんは「久しぶり」と笑った。
「…どうして、ここにいるの?」
「どうしてって…、逢いに来たんだよ。春奈に」
決まってるだろ?と立向居くんは照れ臭そうに笑う。
「…びっくりした…夢かと思った……」
「夢?どうして?」
「だって…急、だったから…」
「あ、ごめん…そうだよね。でも、どうしても今日会って話したい事があって…」
でも連絡は入れるべきだったよね、と立向居くんは眉を下げて苦笑した。

「今日ね、夢を見たの…立向居くんの夢」
「…え?」
「ほら。この指輪をくれた時の夢」
左の掌を掲げて「覚えてる?」と聞くと立向居くんは静かに「うん」と微笑んだ。
「…春奈」
一歩。立向居くんが距離を詰めると、私の顔に月明かりで落ちた彼の影が覆いかぶさる。
「俺は、春奈の事…今も、これからも、ずっと好きだ。だから…」
立向居くんはポケットから何かを取り出して私に差し出した。
「今日、迎えに来たんだ」
10年前の今日に約束した…薬指に嵌める指輪を持って。そうはにかむ立向居くんに、目頭が熱くなって堪えきれずに涙が溢れ出した。
「こ、今度はサイズ…間違えてない…っよね…」
「うん、多分…あ、ほら、手貸して」
そう言って立向居くんは私の薬指にキラキラした多分ダイヤのついたシルバーの指輪を通す。
それは見事にピッタリと私の左手の薬指に嵌まった。
「よかった。ピッタリだった」
安堵したように笑う彼に、左手の薬指と小指に並ぶ二つの指輪を見た。
「立向居くん。今日は最後まで言ってよ。“だから”の先、ちゃんと」
涙を拭ってそう言うと、彼は顔を赤くしてわかってるだろ、と言う。
それでも私がじっと続きを待っていると、立向居くんはぐっと背筋を伸ばして息を吸った。

「俺と、結婚して下さい…!」
「…はい!」




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いろいろ行方不明でごめんなさい…
ちょっと急ピッチだったので…、後でちょいちょい修正すると思います。


2011.9.21

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