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□第一回争奪戦





「あ、神童くん。今委員会終わったの?」
玄関を出た所で後ろから声をかけられ、その声に心臓が跳ねる。
「お、音無先生…!」
振り返ると、そこにはやっぱり俺が密かに想いを寄せているサッカー部顧問の音無先生がいた。
「霧野くんに委員会で遅れるって聞いたから…お疲れ様。今から部室でしょ?一緒に行きましょ?」
「は、はい!…って先生、それなんですか?」
今のこの状況に、委員会があった事を感謝して、ふと先生の手にぶら下がる紙袋に気付いて目線で指して問い掛けた。
「ああ、今ね、部員の皆にカップケーキ作ったのを差し入れしたんだけど、一緒に持ってくはずだった飲み物職員室に忘れちゃって…慌てて取りに来たの」
間抜けでしょう?と先生は苦笑した。
「えっ、先生が作ったんですか!?」
言われてみると先生からはほんのり甘いお菓子の匂いがした。
「うん。わりと美味しく出来たと思うんだけど…神童くんもよかったら食べてね」
照れ臭そうに笑う先生は可愛いし、何より先生の手作りのお菓子が食べられるなんて…思わず返事をした声が少し上擦った。


「あ、先生…と神童、遅かったなー。お前の分の無くなっちゃったぜ」
ミーティングルームに入るや否や、そう告げたのは倉間だ。
「…え」
「あれ?もう無いの?おかしいわね…一人2個づつになる様に作ったはずなんだけど……」
顎に手を当てて首を傾げる音無先生に「先生、ごちそうさまでした」と三国先輩が近付いて来た。
「いやあの…、ちゃんと人数分あったんですけど何て言うか…悪い神童…」
最後は俺に謝罪の言葉を述べた三国先輩に「え?」とだけ言うと、先輩は俺の両肩に手を置いて言いづらそうにちらりと目線だけを動かした。
「お前の分は…今…」
その目線の先を見ると、剣城がケーキにかじり付いた所だった。
まさか…
「…つ、剣城いいいい!!!!」
肩に背負っていたショルダーバッグを放り投げ、剣城に掴み掛かるとにやりと黒い笑みを浮かべ「遅れて来たのが悪いんでしょう」と残りのケーキを口に放り込んだ。
「あっ!!!!き…貴様ああああああああ!!!!」
「それに俺だけじゃないですよ、霧野先輩だって…」
面倒だと言わんばかりの顔で剣城は目線を動かした。
俺もそれを辿ると…丁度ケーキを口に含んだ所の霧野が居た。
その傍らには既に食し終えたのであろうケーキのカップがふたつ。
と、言う事は今霧野が頬張っているのは…
「霧…!?」
「あーごめん神童。オレ今すっげー超絶腹減っちゃっててさ」
そう剣城よりは爽やかだがそれでも負けず劣らずな黒い笑みを浮かべる霧野。
「ちょ…待てストップ!!!!それでいい!この際その食いかけでもいいから俺に……あっ!!!!」
今度は霧野に掴み掛かった俺の懇願も虚しく、霧野は残りのケーキを一口で全て口に放り込んだ。
「だから腹減ってるんだって。あーうまかった」

「な…う……ぐ…っ」
「悪い神童…注意はしたんだが…」
じわじわと熱くなる目頭に三国先輩の気遣いが、俺の視界をさらに滲ませた。
「先生のケーキ美味しかったね」
「うん!秋姉に負けず劣らず本当に美味しかったよ」
そして追い打ちと言わんばかりに横から何も知らない天馬と信介のそんなやり取りが聞こえて、ついには涙が零れそうになった。
「…先生の…ケーキ…」
味がどうこうとか、ケーキが食べたいとか、そう言う問題ではないのだ。
意中の女性が手作りしたものだ…是が非でも食べたいと思うのが普通だろう。
それを…よりによってあの二人に……

「神童くん」
「せ…先生……」
パンプスの足音が近付いて来て、慌てて滲んだ涙を拭って顔を上げた。
すると…
「ごめんね、これ…兄さんにもあげようと思って作った方なんだけど…こっちでよかったら食べて?」
甘さ抑えちゃってるんだけど…と先生が差し出したのは簡単にラッピングされた三つ入りのカップケーキだった。
「…え?」
俺がぽかんとしていると、先生は恥ずかしそうに「チョコペンでハートとか描いちゃってあるけど気にしないでね?」と笑った。
「い…いいんですか…?だって…お兄さんは…」
「いいのよ、丁度今日は会議が入っちゃって兄さんには届けられなくなっちゃったし、神童くんが食べてくれた方が先生も嬉しいから」
ニコっと先生は優しく笑って俺の手にラッピングされたケーキを納めた。
先生の柔らかい手がぎゅっと俺の手に触れて心臓が爆発するんじゃないかってくらいドキドキして触れた所が熱かった。
「あ、ありがとう…ございます…!」
赤くなった顔を見られまいと俯いた俺に先生は「ふふ、そんなにお腹空いてたの?育ち盛りだものね」と笑った。
いえ…そうじゃないんですけど…と、子供扱いされた事にまた泣きそうになった。


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「よかっなあ…神童…お前だけ特別じゃないか。」
「遅れて来て得しましたね…手まで握られて。」
ふと背後に迫る二つのゆらりとした影にはっと身の危険を感じた。
「こ…これだけは絶対に渡すもんか…!」




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春奈先生に想いを寄せるたっくんこと神童と要素や描写が少なかったけど霧野と剣城。
南沢さんを入れるかどうするか悩んだけどやめました。次は南沢さんも入れます。
第二回も書くかもなので…

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