inzm | ナノ

□ロマンティックには程遠いけれど




そわそわと携帯のディスプレイの時計を何度も確認しながら辺りを見渡す。
まだ約束の時間まで30分ある…だけどどうしても、周囲を見渡して彼女の姿を探してしまうし、何か連絡がないかとメールの問い合わせを何度もしてしまう。

「立向居くん!」
さっき閉じたばかりのケータイを再び開いたと同時に、後ろから名前を呼ばれその声に心臓が大きく跳ねた。
振り返ると大きく手を振り駆け寄って来る彼女。
「音無さん!」
嬉しさと緊張とでドキドキと鳴る心臓。
名前を呼ぶと彼女…音無さんは太陽みたいにキラキラとした満面の笑顔になった。

「ごめんね、待たせちゃった?」
「あっ、ううん全然!俺が早く来過ぎちゃって…」
今日会えるのが嬉しくて、楽しみで、ドキドキして…夕べもろくに眠れなくて、予定していた飛行機より一つ前のに乗り、待ち合わせの2時間半も前から来てしまっていた。

「久しぶりだね、こうやって会うの」
「う、うん…半年ぶり、かな?」
まだドキドキする。
久しぶりに会った音無さんは何だか少し大人っぽくなった気がする…
私服のせいだろうか?

待ちに待った夏休み。
久しぶりに会う事になった。
この日の為に家の手伝いもテストも部活も頑張り、何とか飛行機代を親に出して貰えたのだ。
久しぶりの彼女の姿に、心臓が爆発しそうな程ドキドキと脈を打つ。
そんな俺を前に、音無さんは小さく笑った。
「ふふ、何か緊張する」
「…え?」
「変だね。電話とか、してたのに…直接顔会わせるのってドキドキする」
その言葉に、ドキドキしてたのは自分だけじゃなかったんだと嬉しくなった。
「お、俺も…!」
そう言うと、音無さんは嬉しそうに笑った。
ああ、やっぱり可愛いな…と心臓がぎゅうっと締め付けられる。

「ね、何処行こうか?」
首を傾げてそう問い掛ける彼女に、
「え…と、じゃあ雷門中…」
そう俺が言うと音無さんはキョトンとした。
「…今日は練習ないからキャプテン達居ないよ?」
「ううん、いいんだ。ただ、久しぶりにグランド見たいなぁって…」
駄目かな?と言うと彼女はううんと首を横に振った。
「そっか。じゃあ行こう」
そう笑顔で俺の腕を引く彼女に、やっぱりドキドキする。


「なんか懐かしいなあ…」
久しぶりの雷門のグランドを眺めながらそんなに前の事じゃないのに何だか凄く懐かしく感じてそんな声を漏らした。
「…皆ホントに頑張ってたよね」
そんな俺を見て音無さんは、その時の事を思い出している様だった。
「うん。また今年も行けるといいな」
「大丈夫よ、立向居くん強くなったもの」
音無さんはぐっと拳を握ってにっと笑ってそう言う。

「…音無さんの、おかげだよ」
「え?」
「うじうじしてた俺を、音無さんが叱って励ましてくれたから、だから強くなれた」
「そんな…私何も…」
「俺、音無さんが居てくれたから頑張れたんだ。今もだけど…」
そう言ってから、今凄い恥ずかしい事を言ったかもしれないと気付き、ふと彼女の顔を見ると、音無さんは頬を赤く染めていた。
でも多分、俺はそれ以上に赤いんだろうけど…
すると、音無さんは気恥ずかしい空気を変えようと口を開いた。
「ね、ねぇ、お腹空かない?私お弁当作って来たの」
「え、ホント!?」
「って言っても唐揚げと玉子と、おにぎりなんだけど…」
「ううん、嬉しい!俺、音無さんのおにぎり大好きだよ」
そう言うと、音無さんはよかったと少し照れた様に笑った。
グランド脇のベンチに並んで座り、音無さんはおかずの入ったお弁当箱を開けて、アルミホイールで包まれたおにぎりを一つ俺に差し出した。
いただきます、とおにぎりを一口、口に含む。
「朝練の時、よく作ってくれたよね。おにぎり」
「ホントはもっと豪華なの作れたらよかったんだけど…」
「ううん、俺にはこれ以上のものはないよ」
そうおにぎりを頬張る俺を見て、音無さんはふふ、と何かを思い出した様に笑った。
「…ねぇ、立向居くん」
「うん?」
「私のファーストキスの味って、塩味だったの」
「へ………」
思わず食べかけていたおにぎりを手から落としそうになり、慌てた俺を見て音無さんはふにゃりと少し悪戯っぽく笑う。
「あの時立向居くん、おにぎり食べてたから」

そんな彼女が堪らなく可愛くて、そんな事言われたらキスせずにはいられないわけで。

ゆっくりと唇を重ねた。

全身がドキドキと脈を打っていて心臓が苦しい。
顔を離すと、音無さんは唇に手を当てて俯いていた。
「…辛い…」
そう呟く音無さん。
「え…」
「忘れてた、おにぎり…辛子明太子入れたの…」
彼女の言葉にふとおにぎりを見れば、中から真っ赤な辛子明太子が覗いていた。
「…えと、明太子味のキス?」
そう二人で顔を見合わせる。
「ぷっ…何これ全然ロマンティックじゃないじゃない」
あはははと笑う彼女はやっぱり可愛い。
確かに全然ロマンティックじゃないけれど、それでも俺は今とても幸せだと思った。



……あとがき…………

終り方が行方不明…てか全体的に行方不明
毎度ですが。

お付き合い済み前提で、たちむが夏休みに春奈に逢いに来る話…
逆Verも書きたいなあ…

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