夏の君

Twitterでお世話になっている
ミヤコさん(@miya_819)さんのお誕生日に捧げたものです。



今年もこの季節が来た。
喧しい蝉の鳴き声と止まることを知らない汗はこの暑さに輪をかけて苛立ちを増長させる。夏休みの課題はこれでもかと出ているけど、扇風機だけじゃ間に合わないこの部屋ではやる気なんて到底起きないし、図書館に行くにはこの灼熱地獄の中を自転車を漕ぐ勇気は俺には無い。もう少し涼しけりゃやる気も起きるのにな、なんて典型的な言い訳をしながらふと窓から空を見やる。今日も相変わらず煙と雲に覆われている灰色の隙間から、別世界のもののような青空が所々垣間見える。陽が直接射していないがこの暑さの中、外に出てる奴はきっと物好きだなと思った時、ふととある顔が頭をよぎった。

「そういえば、ニコどうしてるかな…」

そう呟いた時にはもう家を出ていた。薄手のTシャツに適当なチノパンを選んだつもりが、家を出る前に鏡に映ったその姿はどう見てもよそ行きの格好だった。何をそんなに浮かれているんだ、会える保証なんてどこにも無いんだぞ。そんなこと分かっていても、進む足取りはひどく軽快だった。きっと、小学生の時のように新聞配りのバイトをまだ続けていたらこの辺りを通るかもしれない。偶然を装うために終わってない勉強道具を鞄に詰め、見当をつけた道を歩いてみる。しかしそううまく行くわけもなく、この暑さにギブアップをして近くの駄菓子屋でラムネを買う。ポコンとビー玉が沈み、勢い良く溢れ出す泡はビンや手を伝いキラキラと輝いた。喉に流しこむと一気に暑さが飛んだ。

「くーっ、やっぱり夏はラムネだな」
「おっさんくさいな」

弾ける炭酸の余韻に浸っていたらどこからともなく声がした。はっとして辺りを見回すと、駄菓子屋の陰から探していた張本人が出てきた。突然の出来事すぎてむせる俺を横目に隣に座るニコの肩には、昔より量の増えた新聞の入った鞄が下がっていた。その重さは俺の勉強道具なんか比ではなく、浮かれていたことが少し恥ずかしくなった。

「夕刊か?」
「ああ、移動できる範囲も広がったから、色々任せてもらえてるんだ」
「あんまり無理するなよ?この季節は特にな」
「ああ。そういうお前はどこか行くのか?そんな格好してるけど」
「あ、ああ、図書館にな…」

ニコの目にもそう映ったのだろう。図書館という単語とこの格好に違和感を感じたのか全身にくまなく冷たい視線が注がれる。いや、これはまあ、適当にひっつかんで来ただけで、と本日二度目の言い訳をしつつ横にいるニコを見やる。落ち着いた色のタンクトップとハーフパンツから覗く四肢は夏を謳歌しているかのように綺麗に焼けていた。首筋を伝う汗は妙に艶かしく、ラムネを飲んでいないのにごくりと喉が鳴った。そんな邪な考えを振り払うべく、必死に話を続ける。

「に、ニコはなんか飲まないのか?」
「お、俺はいい」
「そ、そうか…あっ!」
「なんだよ急に!びっくりするだろ…」
「ニコ!ちょっと待ってて!」

しまった、ニコにこういった話題はタブーだったと口にしてから後悔する。ビンはもう空っぽだし、あいにく自宅から飲み物も持ってきてない。ふとポケットに小銭があることを思い出し、急いで駄菓子屋へと駆け込む。こんな暑い中走り回ってるんだ、少しでもニコへの労いになれば……

「…は?」
「……え?」
「お前…なんで……」
「え、も、もしかして嫌いだった?アイス…」

と思ったのも束の間、買ったそれを手渡したニコの顔は想像していたものとは違かった。といっても、渡したのはバニラアイスだったのだけど。

「違えよ、悪いだろ、こんな」
「……へ?」
「だ、だから、高いだろっつってんだよ!」
「……そんなことかよ〜」
「はあっ!?」

ニコの性格は分かってはいたものの、こんな所まで義理堅いとなると、将来こいつも苦労するなと一人溜息を吐いた。隣でわんわん騒ぐニコを宥めながらアイスを促す。溶けるぞ、と言うと急いで袋を開けて食べ始める。真っ赤な唇から出る舌と溶けたアイスを舐めとるその姿は直視するには眩しすぎてふっと目を逸らした。

「暑いな」
「ああ」
「宿題、終わったか?」
「ああ、あと少しで」
「俺さ、全然終わってないんだよな」
「大丈夫なのかよ」
「いや、全然」
「どうすんだよ」
「ん、ニコに教えて貰おうと思って」
「はあ?なんで俺が…」
「じゃあ、アイスのお礼ってことで」
「あっ、それはお前が……」
「……ダメ?」
「……分かった。お前のお陰で涼しくなれたしな」
「っ…ありがとうニコ!!」


どうやら俺は沈黙が苦手らしい。そして、どうやらニコは骨の髄から義理堅いらしい。灰色の空から水色が射し込む午後三時。空になったラムネ瓶は苛立ちを空っぽにして、希望でいっぱいになった。





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