Gute Nacht.


1108(いいアハト)の日







人間は、日々選択肢に囲われて生きている。
視線をどこへ動かすかも、一歩を踏み出す足も、最初に発する言葉も、全て目の前に選択肢が現れて、必ずどれかを選ばされる。
一つ一つに立ち止まっているわけにはいかないから、毎秒毎秒それらを瞬時に捌いていく。
それが最良の選択の場合もあれば、最悪の展開を招くこともあるけれど、どんな結果であれ最後はどうにかなってしまうんだ。
だから僕はこうやって、



また、ゼラを絶望させてしまう。



116個目の選択肢。
ようやくこの選択まで辿り着いた。
これまで何回ゼラの手を取れなかったことか、数えるのも嫌になってしまった。


最初の声掛けでは、ゼラが怒ってしまった。
思い通りにいかないことを嘆いたので、次は違う言葉を選ぶことにした。
次の声掛けでは、僕の返答が気に入らなくて玉座の下の檻に入れられてしまった。
歯向かう態度は全て反逆罪だ、という知識を得たので、次はゼラの意見を肯定することにした。
次の肯定では、ゼラに呆れられてしまった。
「もっと自分の意見はないのか?」と見限られてしまったので、次はゼラの癇に障らない言葉を選ばないように、ゼラを肯定しながら、自分の意見も織り交ぜることにした。

不思議なことに、ゼラの気に少しでも障るとブチンとチャンネルが切れたように真っ暗になり、気が付くと玉座に座っている状態になる。
どうやらこれがスタート地点らしく、太腿にはゼラの細い腕の感触と学生服の生地の擦れる音がやり直しの合図のようだった。



こうして、ゼラの理想的な選択肢を選んでいくたびに僕の輪郭ははっきりと浮かび上がり、間違った選択をするたびに存在がもやのように薄れていった。
何回も繰り返すと覚えゲーになっていくのか、前回間違えた場所まで戻って正解を選ぶだけの単調な作業と化していた。
だから時々、選択場面ではないゼラとの会話になると何を話せばいいのか分からなくなって、慌てて選択肢を探す羽目になる。
もっと自然に話していただろうに、言葉に詰まる僕を訝しむゼラの気に障らないように慌てて誤魔化すと、突然ブツンと目の前が真っ暗になり、また玉座の上からやり直しになる。
選択肢がなくてもやり直しなんて、それは酷すぎるでしょと思いながらも、結局ゼラの喜ぶ選択肢を暗記している僕はどうにかこうにかゼラの機嫌をとりながら、まだ見ぬ場面へと進んでいく。


途中から何回目の選択肢か気になって数え始めた116個目の選択肢。
ゼラがしきりに僕の容姿を褒めてくれる場面だった。
大きな目、艶やかな黒髪、白い肌、真っ赤な唇。
どれも過去の分岐点で、少しでも傷がついているとケチをつけられてチャンネルが切られてしまったので、回を重ねるごとに入念に手入れをしてきた。
目は大きく開くようにしたし、髪の毛や肌は入浴時に面倒なケアを入念にした。唇は噛んだり皮を剥いたりなんてご法度だから、高い薬用リップで毎日保湿を欠かさなかった。
容姿に関する選択肢だけは時間をかけざるを得なかった。
一日二日で完成するものではなかったので、これまでに培った選択肢を駆使してなんとかその場を凌ぎ、ゼラの機嫌を損ねぬうちに次の場面までを繋ぎ続けた。


全てのポイントにおいて及第点を得た僕の、117個目の選択肢は、何があってもゼラの味方でいることだった。
一番始めの目的そのものなんだから間違えるはずもなく、僕は見事にゼラのお気に入りとなった。
どんな時も特別扱いをされ、ここぞという時にゼラを救うことで、疑う余地なんてないほどのゼラの一番の理解者となった。
ゼラを絶望させさえしなければ、僕は満足だった。ゼラの求める最良の選択をし続けることで、もうゼラが悲しまなければ。




穏やかに通り過ぎた先、118個目の選択肢は突然困惑を抱えてやってきた。

「お前はなんて綺麗なんだ」

髪を撫でる手が後頭部をすべり落ちる。

「美しいよ、八番・ジャイボ」

言われて嬉しい、褒められてくすぐったい、待ち望んでいた言葉、のはずだった。
ゼラのために何度も玉座に座り直し、幾つもの選択肢を覚えてきたんだから。
でも、選択を重ねていくうちにゼラが僕を見る目は、もはや僕を通り越していた。
ゼラの願う選択肢を選び続けて、僕は「理想の八番」へと姿を変えただけだった。
従順で、肯定的で、理想的な、帝王だけの八番。
僕はただ、ゼラを悲しませたくなかっただけだったのに。


もし、僕が八番じゃなくても、ゼラは僕を意識してくれたかな。
もし、八番が僕じゃなくても、ゼラの理想の答えを出し続けていたら、誰でも八番になれたのかな。
もし、そうだったら、別に、僕じゃなくてもいいんだもんね。ねえ、ゼラ、


「僕、いい八番(アハト)になれたかな?」








▽ゼラの望む八番を演じ続けますか?

 はい

→いいえ






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