デジタル・アナログ・ダイレクト


よいお年を!



ずるずる、ずずーっ。
蕎麦と一緒に鼻も啜ると、喉の奥に熱い空気が流れ込み、もれなく咽せる。
なんとか向かいの人に唾や蕎麦を飛ばさないよう、ぎゅっと口を結ぶ。必死に口をつぐんで堪える顔がお気に召したのか、無言で携帯を取り出し、パシャパシャっと何枚か撮り、何事もなかったかのように蕎麦を啜り始める。

「待って待って待って、今僕のこと撮らなかった??!」
「撮ってないよ、自意識過剰だなあ」
「いやいや、思いっきりレンズこっち向いてたけど?」
「うるさいなあ。黙って食べないといい年にならないよ?」
「それ、恵方巻きだから!しかも黙って食べるのは福を逃さないためだから!!」
「へえ〜、物知りだね。あ、紅白後半戦始まる」

だから、僕の写真、という声を完全に無視してテレビの世界に入り込むジャイボにこれ以上何を言っても届かない。
デジタルでも神に祈りは届く、でも直接が一番、と凄い歌詞が流れている。
写真はあとでこっそり消させてもらうことにして、食べかけの蕎麦に意識を向け直す。
サクサクだった天ぷらはしっかりとつゆを吸ってやわやわに、奮発して入れた鴨はほろほろを通り越してボロボロに分裂していた。
まるで今年の精神状態を表してるみたいだ、と散らばった天かすをまとめていると、その見た目とは裏腹に豪快にどんぶりを掲げてつゆを飲み干したジャイボが一呼吸つく。

「今から神社行こう」

真剣な表情のところを大変申し訳ないけれど、美男子が口の端に天かすをつけているところはこの先二度と拝めないかもしれない。
僕の手は自然と携帯のカメラを起動し、当然のように写真は消された。



住宅地をくぐり抜けた突き当たりから、火の粉がパチパチと散っていた。
ブルーシートで三方を囲われた炎は小さな境内を明るく照らし、くすんだ白いテントからは賑やかな声が聞こえて来る。近づいてみると、じゃがバターや磯部餅の定番縁日フードに紛れて見たことのないものが売っている。

「すみません、この【電文】ってなんですか?」
「ああ、それはね、ここの神様に詣でる時に使うんだよ。ここの神様はね、懐がとても広くて、安寧を司る神様なんだよ。今の時代、インターネットやらスマホやらが流行っているからね。直接境内で手を合わせなくても祈りが届くように、この紙に願いを書いて、そのQRコードを読み取ればここの神様に伝わるようになってるんだよ。凄い時代になったもんだねえ」

売り子のおばちゃんは時代だねえ、と神社内を見渡す。それに倣うと、確かに若い人で参拝している人は少ない。大方、お祭り気分で屋台に釣られて来ているのだろう、そうですね、なんて言葉を返す。
すると、ぬっと現れたジャイボがおばちゃんに尋ねた。

「そのお願いって、本当に届くの?」

あら、綺麗な子ねえなんて微笑まれて恥ずかしくなった僕をよそに、2枚頂戴、と100円玉を2枚おばちゃんに差し出していた。
祈り・願い事を書くブースにズンズンと進み、何やらブツブツと呟きながら書き込むその姿に圧巻されていると、

「そんなに気負わなくていいのよ、人の不幸を願う以外のことなら、大抵のことは叶うよ」

例えば失せ物探しとかね、と笑うおばちゃんに、一心不乱に描き続けるジャイボ。家の内外と同じくらいの温度差に当てられながら、僕も控えめな字で願い事を書き込んだ。

さて、セオリーに則ると、願い事を書いたらQRコードを読み込んで神様に伝えるはずだが。何故かジャイボはこれまたズンズンと境内に向かっている。途中から聞いていたからおばちゃんの説明が聞こえてなかったのかな、と慌てて追いかける。
ジャイボのことだから、たとえ神様でも容赦なく自分の願いを叶えさせようとしそうで、境内で叫び出してもおかしくない。そういえば、さっき紅白でそんな歌詞が流れていた気がする。

一足先に本坪鈴に手をかけていたジャイボの後ろにつき、どうか神様の前で無礼なことだけはしないで、と心の中で唱えようとした時、僕の予想はほんの少しだけ斜め上に外れた。

「さっき電文を書いてきたんだけど、QRコードなんで読み込んで送ってたらいつ順番が回ってくるか分からないから、直接言うね。この人と、ずっと一緒に穏やかに過ごせますように」

律儀にQRコードを読み込んだ人たちの順番を吹っ飛ばして自分の願いの優先順位を高めてもらおうとするその手には電文とスマホ、アナログとデジタルの両方が握られていた。
境内のその奥に画面を見せ、ああ、と何か気付いたように画面を見返す。そこに写っていたのは、さっき蕎麦を食べながら咽せた酷い顔の僕だった。

「ちょ、そんな写真……」
「この写真じゃ、ちゃんとした顔分からないよね」

そういうと、ぐっと腕を引っ張られ、ジャイボと横並びになる。

「神様、さっき言ったのはこの人ね。この人と、ずっと一緒に、穏やかに過ごさせてね」



腕を組みながらした合掌は、若干不恰好だった。
後々見せてもらったジャイボの電文には、境内での口頭のお願いと同じものだった。

「デジタルでも神様には届くだろうけど、やっぱり直接言うのが一番だと思って」

そう言い訳をするジャイボの携帯には、未だに僕の咽せ蕎麦写真が残っている。

「もっとマシな写真にしてくれたらよかったのに」
「ま、増えてくでしょ、これから」

もしや、これはもうご利益が?と自分の電文を読み返す。
ジャイボを止めるのに必死で自分のQRコードを読み取るのを忘れていたのに、ジャイボの願いついでに僕の願い事も見てくれたのかもしれない。ちゃんと順番を守っていた皆様、ごめんなさい。



「さっきねえ、素敵な子たちが電文を買って行ったのよ」
「一人はお互いがずっと一緒に穏やかに過ごせますように、もう一人はこれから二人で思い出を沢山作って残せますように、って」
「ふふ、境内で直接お願いしてったから、すぐにでも叶いそうねえ」




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -