涼しい手紙



恋文の日でタミヤくんと×××

※お相手は特定の人を想定しているわけではないので、
口調は適宜変えて推しとタミヤくんを絡ませて楽しんでください。





拝啓

緑が鮮やかな季節になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

こう、文面だけど改めて畏るとなんか変な感じがするからよそよそしいのは始めの挨拶だけで勘弁してくれ。

そっちはどうだ?こっちはそれなりに楽しいぜ。
今度抜き打ちで数学のテストがあるみたいで、今からどこが出るか皆でヤマ張るところ。お前はいつも真面目に勉強してるだろうから、こういう時慌てなくていいのは羨ましいよ。多分これを言ったら「日頃から真面目に勉強しろ」って怒られそうだから、あえて手紙に書いておくわ。そうしたら怒られるのが少し先延ばしになるだろ?

先といえば、もう少し後の話になるんだけど、夏休みってなんか予定あるか?お前さえ良ければ、どっか行かないか?あんまり遠くって訳にはいかないけど、二人でどっか行けたらなって。いや、嫌だったら他に誰か誘ってくれても全然構わないけど!!まあ、気が向いたらでいいから返事をくれたら嬉しいです。

敬具

田宮博




書いてみたはいいものの、相手に渡す勇気がなかった。それとも、書き終わって改めて読み返してみると気に入らなかった部分があったのだろうか。書き直して渡したか、書き直さずに渡さなかったのかは定かでは無い。オリジナルと思わしきこの手紙は、引き出しの奥底でひんやりと眠っていた。

これを、一体誰に渡したかったのだろう?


写真を前に問いかけてみても応えはない。
そもそも、この手紙を書いていたことすら知らなかった。つい最近、部屋の掃除中に偶然発見したその便箋と封筒はほんの少しだけ古びた匂いがした。

見慣れない番号からのコール音に緊張する。
知らぬ相手ではないのに、なぜか緊張で手が震える。


「はい、もしもし」
「も、もしもし?」
「ん、あ、タマコ?タマコか?」
「うん、お兄ちゃん、久しぶり」
「全然連絡くれなかったから心配したぞ、元気か?」
「元気だよ、お兄ちゃんは?」
「おう、俺は相変わらずだよ。病気も怪我もせずなんとかやってる。タマコは?学校のほうはどうだ?」
「私もなんとかやってるよ。友達もできたし、みんないい人ばっかりで楽しく過ごしてるよ」
「そりゃ良かった。母さんは元気か?」
「うん、お母さんも変わらないよ。病気も怪我もなく、元気に過ごしてる」
「そっか、よかった。なんかあったらすぐ呼べよ?飛んで駆けつけるからな」
「駆けつける間に事故起こさないでよ?あ、そういえば」
「なんだ?」
「部屋の掃除してた時にお兄ちゃんの机から手紙が出てきたんだけど、あれどうするの?他の引き出しは何にも入ってなかったからあれだけ残ってるのはなにか意味あるのかなって思ったんだけど……」
「あー、あれか。あれさ、悪いんだけど封閉じて切手貼って、ポストに入れといてくれないか?」
「え?いいけど、あの手紙、宛先書いてなかったよ?」
「大丈夫、多分、」


多分、分かるから。


その後はたわいもない話をして、身体には気をつけて、と当たり障りない会話をして電話を切った気がする。中身を読んでしまったことを伝えなかった罪悪感と、なんとか会話を終えた安堵感で大きく息を吐いた。

恋話なんてしたことがなかったから、あんなに慌てる兄を見たことがなかった。電話でこそ落ち着いていたけれど、文面でも伝わる、文字の高揚感。優しくて正義感が強く、家族を大切にしてくれる兄を尊敬しているし、そんな兄の恋路はもちろん応援したい。けれど、今までどんなに可愛いと評判の町の女の子にも微塵も、振り向くどころか興味すら示さなかった兄の心を奪った人がどんな人なのか気になった。妹として、ではあるけれど少しだけ嫉妬というか、羨ましいというか、興味があるのは事実だ。


「ま、お兄ちゃんがそういうならそうしとこ。『宛てどころに尋ねありません』で返ってきても私のせいじゃないもんね」


遠くにいる兄にそう伝えると、引き出しから切手を取り出し貼り付ける。重さからして定型料金で間違い無いだろう。しっかりと封が留まっているのを確認して、近所のポストに宛先のない手紙を投函する。しかし、これで本当に届くのだろうか?



実家の兄の部屋からはポストが見える。
私が使っていた部屋からは隣の家が被さっていて道の先が見えなかったけれど、道路側にある兄の部屋からは見えるのを知ったのはその日の午後だった。
郵便物の集荷が10時と15時というのは投函した時に初めて知って、例の手紙を入れたのがお昼過ぎだったから今は午後の集荷の時間なんだろう。郵便配達員と思しき人がポストの中身を回収しに来た。五月も終わりそうなこの時期、15時頃もまだ陽が強く汗ばむ時間だというのにワイシャツのボタンをぴっちりと一番上まで閉め、かっちりと配達帽をかぶっている姿に、今どきこんなに真面目な人もいるんだなと感心する。
集荷が少ないのか、一枚一枚宛名を確認するその手の中にはあの手紙がある。すみません、宛先がまっさらな物が混ざっているのですが申し訳ないことに兄がそのままでいいというもので……と配達員の横顔に謝る。

配達員は怪訝な顔をするどころか、目を細め、ふっと笑った。




「今日の授業は『手紙を書く』です。
手紙には、会ってお話しするときとはまた違う気持ちの伝え方があります。一文字一文字相手のことを思って書いた手紙は受け取った人が封を切って、便箋を開いて中身を読み始めるよりずっと前、自分の名前が書かれた宛名を見るだけで伝わります。なので、手紙の内容も大事ですが、宛名も相手のことを思いながら気持ちを込めて書きましょう」

国語の授業で書いた手紙。あの時、自分は誰宛に書いたか覚えていなかった。親しい友人なんてほとんどいなかったし、家族に書くだなんてまっぴらごめんだった。授業中だけ真面目に書いてるフリをして、鐘が鳴った途端にグシャグシャに丸めた気がする。そんな自分を気にかけたのか、タミヤが話しかけてきた。


「なあ、国語の授業、誰に手紙書いた?」
「誰にも書いてない」
「えーなんでだよ、先生に怒られなかったか?」
「書いてたフリしてたから」
「真面目なお前が珍しいな。そうだ、誰にも書いてないんなら、俺がお前に書いてもいいか?」
「はあ、なんで??お前からの手紙ならカネダやダフが欲しがるだろう」
「それなんだけど、前に俺ら三人で手紙書いたことあんだよ。手紙というか願い事だけど。でもお前とは手紙のやりとりってしたことなかったからさ。授業の復習の手伝いと思って、な?」
「お前からもらったら他の奴になんて言われるか分からないから嫌だ」
「はあ?なんでだよ」
「人気者のお前がそうでない奴に手紙もらったらからかわれるに決まってる」
「うーん、それは嫌だな……そうだ、宛名を書かないってのはどうだ?」
「それじゃあ誰宛か分からないだろ」
「だからだよ。授業じゃ宛名を書けって言われてるからみんな書くだろ?だったら書いてない手紙は俺が書いてお前宛だって分かりやすい。これを知ってるのは俺とお前だけだしな」
「はー、そんなに送りたいなら送ってくれ」
「よし、じゃあ書けたら送るからな、待っててくれよ」


そう宣言されて、タミヤから手紙が来ることはなかった。
そんな昔の約束を覚えてる方がどうかしているが、それでもその時の自分はその約束がとても嬉しかったのを覚えている。
鮮明に、鮮烈に記憶に残って今でも思い出せるくらいには覚えている自分は未練がましいのだろうか。そんな性格ではないはずだけれど、その出来事だけはどうも記憶から消すことはできなかった。いや、郵便配達のアルバイトを選んでいる時点で未練がましいのだろう。何百、何千と集荷してきた郵便物の中に、宛名が無いものはなかった。普通はそれが当たり前なのだからそりゃそうなのだろうけど、いつかは巡り合えるのでは無いかと淡い期待をしている自分がいた。もしかして見逃しているのではないか、雨や雪で他の手紙のインクが移り宛名のように見えてしまったのではないか。執念にも似た思いで続けてきたアルバイトも最後の年だった。

郵便局のイベントでいつも以上に集荷が多い日だった。5月23日を語呂合わせで「恋文の日」と呼び、特別記念デザインの切手や便箋などが販売され、『大切な人に気持ちを伝えよう』のキャッチコピーで店頭にはのぼりが立ち、新聞には数日前から折り込みの広告が入れられていた。
今日は特に集荷が多いからね、誤送がないようにと局長から受けた注意にほんの少しだけ収まっていた未練が湧き上がった。あるわけない、いやでももしかしたら、という謎の自信も午前中には打ち砕かれた。今日もあるわけがない、ましてやあいつが恋文の日なんて分かるわけがない。とんだ思い上がりで恥ずかしくなる気持ちを抑えながらいつも集荷の少ないポストを開く。
数通の手紙にはやはり記念切手が貼られている物が殆どで、もちろんそれらには宛名がしっかりと書かれていた。まあ、そうだろうなと不備確認を行なっていく中で一通だけ普通の切手が貼られた便箋があった。全国に流通している普通の切手付の封筒はほとんど厚みがなく、宛名が無かった。なんだ、知ってたのかよと我慢できなくなった口角がぐっと上がった。


「遅すぎるだろ」


そのシンプルな手紙は、郵便局員の懐にそっとしまわれる。宛名のないそれは汗ばむ体と高鳴る胸をひんやりと沈めていく。もう少ししたら初夏の涼しげなデザインの切手や便箋が発売されるから、それで返事でも書いてやろう。




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