胡蝶の夢




病的な白さの腕が、眼鏡を押し上げた。つばの影で不気味に光る目でこっちを見ながらあいつは言った。

「よろしく タミヤ君」

それは、俺たちの秘密基地に仲間入りさせてもらうための挨拶だと思ってた。そのあと帝王になろうが俺たちを駒に見たてて指示をしようが俺は別に良かった。きっとまだ、盲信していたんだ。アイツがこの光クラブの中での絶対王者だと。でもあいつは少しずれていた。頭はいいが、その代わりに頭のネジが何本か吹っ飛んでた。だからお前はおかしいときちんと反発したのは中学何年の頃だったか。だけど今、本気で後悔している。あの時、もっと早くあいつの頭のネジを探してやるべきだったんだと。



「よろしく、タミヤ」
「よろしく、じゃねぇよ」






螢光町から少し離れた高校に進学した俺たちは、親元を離れて一人暮らしをすることになった。何故かゼラが同じ高校に進学していたが「特進科だ」の一言で納得する。ここまでは良かった。

帰り支度をしていると後ろから自分を呼ぶ声がした。振り返ると敵陣に乗り込んできたかのような面をしたゼラがドアの陰から顔を覗かせていた。何やってんだあいつ、とクラスメイトに訊かれて俺も正直分からなかった。本当何やってんだ、あいつ。


「全く、君が出てくるのが遅いせいで周りから変な目で見られたじゃないか」
「悪かったって、今度何か奢るから」
「金はあるのか?」
「何奢ってもらうつもりだよ」
「期待はしてないさ」
「ま、そこまで高くなきゃ奢れる」
「大体、タミヤは昔っから僕に頼りすぎなんだ。あの時だって………」


小学生の時に何かの縁で出会ってしまってから、ゼラとはもう長い付き合いになる。散々揉めたけど、今はそれなりにやってるし俺はこいつがそんなに嫌いじゃない。なんだかんだ言って宿題教えてくれるところも、文句言いつつも俺を助けてくれるところも、以外と素直に笑えるところも、俺は結構好きだ。こいつは俺のことどう思ってるかなんて、考えたこともねえけど。


「おい、聞いてるのかタミヤ」
「あ、悪りい聞いてなかった」
「全く君は昔から……」
「……そう言えば、もうすぐ俺ん家着いちゃうけど、ゼラん家ってどこなんだ?」
「何を言ってるんだ?ここだよ」
「なんだよ同じアパートだったのかよ!!いつの間に決めてたんだよ」
「こないだ君と賃貸物件見に行った時に」
「あー、そういや二部屋空いてたもんな。そっか、じゃあ俺が遅刻しそうな時に起こしてもらえるじゃん、ラッキー」
「この歳になってまだ僕を頼る気か」
「ま、これも何かの縁ってことで。じゃ、明日な」


なんだ、ゼラも同じとこに住んでんのか。驚きはしたけど少し嬉しくもあり、ゼラに見られないよう少しほくそ笑んだ。


「何ニヤついてるんだ」
「びっ、びっくりさせんなよ!!帰ったんじゃねえのかよ!!」
「帰ったが?」
「いや、自分の部屋に……は?」


鍵を開け、部屋に入る。段ボールに入ったままの荷物を荷解きして一通り終わったら風呂でも入って何か夜飯でも食べる、その予定だった。部屋に入ってまず目にしたのは、部屋に置かれた明らかに自分の荷物でない段ボールの山だった。なんだこれ、朝より増えてんじゃねえかと驚く俺をよそに、ゼラは当たり前のように部屋に上がり、俺のではない荷物の封を開け始めた。呆気にとられる俺の方を向くゼラは、出会った時のままだった。


病的な白さの腕が、眼鏡を押し上げる。夕陽の差す部屋で、真っ白な陶器が燃えている。夢かもしれないこの光景に、夢なら覚めて欲しくないと思う俺がいた。不覚にも綺麗だと思っていたのはここだけの話。


「今日から君とこの部屋に住むことになった。よろしく、タミヤ」






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