身を焦がせ、少年よ



※設定捏造注意


弾かれた腕は思ったより高く、突き飛ばされた体は思ったより遠くへ飛んだ。叩かれた頬は思ったよりも赤くなり、こんな状況なのに「あぁ、生きてるなあ」と実感する。時間が経つごとにじんじんと痛みを増していくのと比例するかのように、俺をに平手打ちを食らわせたそいつの体はわなわなと震えていた。怒っているからか、それとも動揺しているからか、顔は熟れたリンゴのように真っ赤だった。「美味そうだな、もっかい食べたいな」と今さっきビンタされたにも関わらず呑気に考えていると、拳を固く握りしめていたニコが静かに口を開いた。さっきまでの威勢は何処かへ消え、冷静さを取り戻したその姿に一瞬焦りを感じる。


「そんなに楽しいか?」
「楽しいって何が」
「しらばっくれんな。俺を揶揄ってそんなに楽しいか?」
「揶揄ってなんかない。俺は本気…」
「何が本気なんだよ」
「だから、今の……」


数分前、俺はニコにキスをした。親しくなり、仲良くなり、二人いる親友達とは違う感情を抱き、気付いたら体は勝手に動いていた。後悔なんてしてない。むしろ嬉しくて今にも飛べそうな勢いだ、けれど相手の方は違うみたいで、何かを見据えたような双眸は冷ややかな視線をこちらへ向けている。その鋭さに息が詰まり、俺は直にその目を見ることが出来なかった。


「何でも持ってるお前が何も持っていない俺に優しくしたのは、そうやって自分が恵まれてることを見せつける為か」
「ばっ、なんてこと言うんだよ、俺はそんなつもりでお前と友達になったわけじゃ…」
「じゃあなんだ、人が気を許したところにつけ込んだのか?誰にでも…」
「……ニコ?」
「誰にでも、そんなことしてんのかよ……馬鹿みてえ…」
「お、おい、どうしたんだよ」
「笑えよ!一人で馬鹿みたいに浮かれてた俺のことなんか好きなだけ笑えよ!」


俺は今までにないくらい動揺した。なんせ、つい数分前まで鬼のような形相をしていたニコの目からは大粒の涙が零れていたのだから。今まで我慢していた何かが堰を切ったように溢れ、とめどなく流れ落ちるそれはとても綺麗だった。よくタマコにやってやるように背中をさすってやったものの逆効果だったようで、それからしばらくニコはわんわんと大声をあげて泣き続けた。これまで、悲しくても苦しくても辛くても止めてきた涙はようやくニコから出ることが出来たようで、ようやく落ち着いてきた頃にはすっかり日も暮れていた。泣き腫らした目を夕日で隠すように俺に背を向けたニコはぽつぽつと話し始めた。


「俺さ、お前が羨ましかったんだ。友達も多い、信頼もある、スポーツだって万能だし成績もそこそこいい。俺みたいな奴にも話しかけてくれるし…そんな奴、今までいなかったから。けど、心の何処かで声がしたんだ、『もうこいつを巻き込んじゃいけない』って。俺に関わったら何か悪いことがある。だからお前が仲良くしてくれようとするたびに傷つけそうで怖かった。なのにお前は遠慮も無しに壁ぶち破ってくるわ、こっちの事情も聞かずにどんどん乗り込んでくるわで」
「そ、そうとは知らずにすみませんでした…」
「いや、俺が勝手に壁作ってただけだから」


照れ臭そうに口をきゅっと結ぶニコは、話している間中ずっと右目の辺りをぽりぽりと掻いていた。痒いのかと尋ねると

「癖みたいなもんだ、昔から無意識に触ってるんだ」

と、また気付かぬうちに右目を触りながら言った。そういえば、俺もよく何もないのに額を触ってるって指摘されたことがあるからまあそういうものなのかもしれない。


「あーあ、今度こそは天国に行きたかったのに、また地獄行きか」
「それどういうことだよ…まるで過去に地獄に堕ちたみたいな口ぶりだな」
「ああ、多分、堕ちた。そしてまた堕ちる」
「なんでそんな事言い切れんだよ、大丈夫、ニコは天国にいくさ」
「いいや、お前も一緒に堕ちんだよ」
「ひでえ!? なんでだよ」
「ん?昔、俺がお前を道連れにして燃やしたからな」
「??なんだよそれ、訳わかんねえ」
「お前は分からなくていいんだ、タミヤ」


知ってるのは俺だけでいい、そう言って穏やかに目を細めるニコの腕には俺と似たような火傷の痕があった。またビンタされるといけないから、余計なことは言わなかった。夕焼けは今日も空を燃やしていた。




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