幼き君よ

Twitterオフ共々でお世話になっている
まといさん(@lalala_matoi)主催の
タミニコwebアンソロ企画に寄稿した作品です。
(詳しくはbkmから飛べますので是非!!)

改行してないver.(いつものスタンス)

※パラレル注意
※年齢若干操作




「何でこんなことするんだ」


そう言われたのは一度や二度ではなかった。その決まり文句を聞くたびに胸糞が悪くなった。貧しいという理由だけで何でも俺のせいにされ毎度のように連れて行かれる職員室、諭すように尋問され自白させんと誘導してくる教師共、最終的に仕立て上げられる犯人像。また石川か、やっぱりあいつだってよ。そんな声は最早囁きの域など当に超えていて聞こえるような大きさで俺にぶつけられた。無実の罪を被せられた悲劇の主人公は、それでもやっていないと主張を続けるのだろう。けれど俺は疲れた。潔白だと声を張り上げても押し下げられる頭にひたすら謝り続ける母親の声、家に帰った途端に浴びせられる罵声の数々、耳と心に突き刺さる叫び。いつからだろう、どれだけ頑張っても報われないことがあると知ったのは。自分の無力さを痛感したのは。自分の目の前にいる女性から愛を受け取れないと悟ったのは。いつしか俺は抵抗をやめ、無実を事実へと変えていった。どうせやってないのに疑われて損をするのならば盗って疑われる方が得する。きっとこの時から既に、世界に絶望していたんだろう。世界は汚い、大人は汚いと。諦めることが最善だと決めつけてからは気持ちが軽くなった。息をするように自然に物や金を盗るようになった。相変わらず真っ先に疑われるのは俺だから、石川だろと言われるたびに「俺じゃない」と、自然とお決まりの文句が飛び出す。だが心の中では「(そうだよ、俺が盗ったんだよ。誰も今俺の靴下に札が何枚も隠されてるなんて思ってもねえんだろうな)」とほくそ笑んでいた。何も知らずに周りに同調して責め立てる奴らをどこか高みから見ているような気分になってぞくぞくした。誰からも認められることではないのに自分には他の奴らには出来ないことをやってのけられる力があるとばかりに鼻で笑っていた。それでも虚しい気持ちは渦巻いていて手には大金が握られているのに何故か心は晴れなかった。それが小学3年の時だった。


「そんな辛い思いしてたんだな」
「まあな」
「なんで言ってくれなかったんだよ」
「あの時は俺も必死だったんだよ。何もしなかったら疑われるし、何をしても認められなかった。なにが正しくてなにが間違ってるかすらもう分からなくなってたんだ。ろくに友達もいねえ、話すどころか一緒にいることさえも煙たがられてたような奴にいきなり『俺はなにもやってない』なんて言われたら気持ち悪いだろ?」
「まあ、びっくりはするわな」


煙と雲の灰色が目立つ空に昼過ぎから降り出したまばらな雨の色が教室の蛍光灯の光を一層引き立てる。ジジッと一定間隔で鳴るそれの白い光によって出来た睫毛が落とす影。何の気なしに眺めるがその度にまあよくできた顔なもんだと誰目線かよくわからない感想を抱く。長い睫毛、大きな瞳、それを縁取るすっとした二重、筋の通った高い鼻、形の整った血色の良い唇、おまけに高身長。いつも正門で待ち伏せする女子の気持ちが少しだけ分かった気がする。


「びっくりはするけど、俺はニコがやったとは思わなかったな」
「俺も驚いた。他の奴らと同じように疑ってくるかと思ったらまさか俺を庇うんだもんな」
「本当にニコがやってないと思ったのと、………」

いつも二人組や班を作る時に必ずと言っていいほどあぶれていた。声をかけようと顔を上げた瞬間に周りにもう空いてる子は居なく、また石川君余ったのね、何処かに入れてもらいなさい、と言われるたびにどれだけその場から逃げ出したかったことか。腫れ物に触るように目を逸らし、担任に入れてあげなさいと言われるまで決して口を開かないようにしていたクラスメイトのあの言い知れない表情は今でも頭の片隅にこびりついている。でもいつだったろうか、そんな灰色の日々を送っていた俺に救いの手が差し伸べられたのは。しかも2度も。

一度はこいつ、机を挟んだ向かいで頬杖をついてる奴。いつも通り疑われていた俺を初めて犯人扱いしなかった珍しい男。そんなことしねえよと皆の前で嫌われ者の俺を庇ったクラスの人気者。どこの主人公だよと思われそうなスペックだけど、容姿も性格もできた奴、それがこの田宮博という人間だ。あの日から俺の世界は徐々に色を取り戻し始めた。話したり、一緒に帰ったり、キャッチボールをしたり。タミヤに出会う前の自分だったら到底考えられないような、他の奴らなら至って普通のことをコイツは教えて、実行し、叶えてくれた。友達が誰もいなかった俺にとって初めての友達がタミヤで本当に幸せだと思う。事実、タミヤと一緒にいることによってあぶれるどころか一緒に遊んだり活動したり、それこそ班に入れてもらうことも格段に増えた。まあそれを口に出したらコイツは確実に調子に乗るから絶対に言わないけどな。

そしてもう一度は覚えていない。救われたのに覚えていないだなんて変な話だが、確かに俺は救われた。正確に言うと“誰に救われたのか”を覚えていない。顔のあたりがぼんやりとしていて夢をみてるような感覚だった。はずなのに、何処と無くタミヤに似ている感じがした。覚えていないのに、だ。けれどなんて言われたかは今でもはっきりと覚えている。まるで警告でもするかのように何度も何度も繰り返し伝えられる言葉は当時の俺には理解できないと同時にただただ怖かった。


(「ニコ、あ、いや、石川、よく聞いてくれ。お前はこれから沢山の人に出会う。タミヤ、ダフ、カネダの幼馴染コンビ、こいつらはひかりクラブっつー秘密基地を持ってる。そこで会うのが天才的な頭脳を持ったゼラ、あぁ、常川な。それとデンタクこと須田。なんかよく分からない怪しいジャイボこと雨谷。女っぽい仕草の雷蔵にお調子者のヤコブこと山田。皆一癖も二癖もあるけど基本的にいい奴らだ。ただ、これだけは絶対に守ってくれ。絶対、光クラブには入らないこと。詳しくは言えないけど、ゼラが俺ら幼馴染の後をつけてたり、タミヤ達が何かを企んでいたら一緒になってやるんじゃなくて止めてやってくれ。さもないと、多くの人間が犠牲になる。ニコ、お前もだ)」


何を言ってるかさっぱり分からなかった。光クラブ?ゼラ?後をつける?企む?犠牲?俺も?まるで世紀末の人類滅亡の予言を聞いた時みたいに非現実的なのに根拠のないふわふわとした恐怖感に襲われた。戸惑う俺の肩に手を置き、安心させるように俺の目線まで屈んでその人が言った言葉と真っ直ぐな目で全てを受け入れた。


(「大丈夫、ニコは俺が守る。それと……」)


最後はほとんど頭が真っ白だった俺の記憶に切れ切れにしか残ってなくて、正直覚えていない。でもそう言われて、零れそうになる涙をこらえるために瞬きをした次の時にはその人はもういなくなっていた。顔も覚えていないのに真っ直ぐな視線を向けられたという感覚は妙に残っていた。けれどその後すぐにその人が言った通りになる。タミヤ達と出会い、常川や須田といった人間を知り、その警告は本物だと思った。案の定、幼馴染3人が廃工場に行こうとした時に常川がひっそりと後ろからついてくのが分かった時は行かないように仕向けて常川を先に帰らせたり、その廃工場が自分たちの秘密基地だと教えられても行きたい気持ちをぐっと抑えて断った。全てはあの警告をしてくれた人のため、自分を守ってくれると強く言ってくれたその人のために。それから俺の日常は劇的に変わった。学校に行くのが楽しくなったし物も金も盗らなくなった。休みの日は時々タミヤ達がバイトを手伝ってくれたり一緒に遊んだりもした。試験の勉強をしたりダフの補習も手伝ったり、まだまだ長いと思っていた小学校生活もあっという間に終わり中学に進学した。中学では小学校の時に須田と同じクラスだったという市橋や山田、よく分からないけど常川と仲がいいらしい雨谷という奴とも少しだけど言葉を交わすようになった。そしてあの時、常川がついていくのを止めていなかったらこいつらとは秘密基地で出会っていたんだと気付いた。逆を言えば、止めていたから今こうしてあの人が言ったのと違う形で出会えたんだということも。

そんな非現実的な経験をしたことなんて誰に言えるわけでもないし信じてもらえるとも思っていなかったのに、こいつを前にしたらなんでこうも口が緩むのだろうか。呼ばれた自分の名前でまた現実の世界に引き戻され、呼んだ張本人は少し頬を膨らませていた。


「俺の話聞いてた?」
「いや、悪い…」
「なんだよ、どこまで話したか忘れちまったじゃねえか」
「だから悪かったって。もっかい最初から頼む」
「おう。だから俺さ、ニコが色んなものを盗ってないって思ったのは、直感と小学生の時にされた予言があったからなんだ」
「………はぁ!?」
「は、はぁってなんだよ!?」
「わ、悪い。で、誰に何を予言されたんだ…」
「それがさ、顔はよく覚えてないんだよな。ぼんやりしてるというか、靄がかかったみたいな」
「なんだそれ…」
「覚えてるのは、今仲良いやつと出会うこと、光クラブに常川を立ち入らせないこと、万が一立ち入ってもロボットをつくる計画を立てないこと。常川が夏休みの宿題でロボットをつくってくるらしくて。あと……」


あれ、なんだこの既視感…内容は多少違えども、自分がした経験とほとんど同じようなことがタミヤの口からどんどんと出てきた。俺とタミヤに警告という名の予言をしてくれたのは同じ人だったのだろうか?


「でも不思議なんだよな。顔はぼんやりとしか覚えてないはずなのに、やけにニコに似てた気がするんだよ」
「え」
「なんだよ、嫌かよ」
「いや、そうじゃなくて…」


そうして自然と緩んだ俺の口からはこいつが受けたように顔もぼんやりとして覚えていない、けれどどこかタミヤに似たような人からの警告、それに従ってとった行動、それらに対して感じた因果やそれによって今があることがぽろぽろと、けど確実に零れていった。全て話し終わった時、根拠の無い恐ろしさに怯えていたあの時の俺を落ち着かせてくれたあの人はやっぱり何処と無くタミヤに似ていると思った。


「もしかしたら、その人達は違う世界の俺らだったのかもな」
「異世界ってやつか?」
「ああ、この世界の俺たちが犠牲にならないように警告してくれたんだろうな」
「なんで顔も朧げなのにそんなこと言えるんだよ」
「それは……」
「なんだよ」
「言われたんだ、最後に。俺の……ニコのこと、沢山愛してやってくれって」


タミヤのその言葉を聞いた瞬間に警告を受けたあの日の景色がフラッシュバックした。まだ蝉の鳴く蒸し暑い季節。夏休みだろうか、誰もいない教室。ジリジリと焼けるアスファルトに遠くを泳ぐ陽炎。突然目の前に現れた人。ぼんやりとした顔の靄はだんだん晴れてくる。そこにいたのは今目の前にいるこいつだった。漂う靄が綺麗に晴れていく。聞きそびれた最後の言葉がやっと俺に届く。


「何でこんなことするんだよ…」
「きっと、向こうの世界の俺らからのクリスマスプレゼントだよ」


俺の両目からは涙が溢れていた。何故だか右目から涙が溢れることに少しだけ違和感を感じた。まばらだった雨はいつの間にか姿を変え、蛍光灯の光のように俺の目に白を映した。





(生きろ、ニコ。そしてそっちのタミヤを目一杯愛してやってくれ)






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