悪魔の掌の上で

「臭う」

そう一言だけ言い放ってしかめっ面をする。そんなことない、と言い返してくるのはきっと自覚が無いのかそれとも無駄に意地を張っているからなのか。どっちにしろ直球で言われてあまりいい気分ではないことなのでやんわり言おうと努めた。努めた結果がこれだ。恐らく相手がジャイボだから会話が成り立っているのであって、これが赤の他人だったら今頃僕の頬には赤く手の跡が残っているだろう。そんな不快な言葉をストレートに言われ不貞腐れるジャイボを見てもただ呆れてしまうだけの僕も大概だ。普通なら一緒にいる奴があまり良いとは言えない匂いを放っているのならば風呂に入るなり清潔にするなり色々と勧めるのだろうが、ジャイボに関してはもう言っても聞かないだろうという諦めが入ってしまっている。僕が何を言っても「嫌だ」の一点張りで押し通してくるやり方に慣れてしまった自分を情けなく思いながらそうか、とだけ返す。どうせ何か夢中になることがあったんだろう。今日が休日で珍しく光クラブが無いというのと面倒だという二大“正当な理由”が出来上がったことにより昨晩風呂に入ることを放棄したジャイボは少しむくれながら今も何やら楽しげにノートに鉛筆を走らせている。別にジャイボが汚いから嫌いなわけではない。いや、綺麗に越したことはないがそういうことではなく、自分勝手だがジャイボはジャイボだから綺麗なのだ。血で汚れていても雨に濡れてビショビショでもジャイボだから綺麗だと思える。そんな半分は理想で出来たような恐ろしい程美しい男が臭うというのは少なからずジャイボらしくない、ひいてはジャイボじゃないと言い切れてしまう気がする。だから僕は顔をしかめてしまう。現実に引き戻された、というのは言い過ぎかもしれないが、それにはジャイボには綺麗な世界で生きていて欲しいという僕の我儘も含まれているからこれ以上上手く表せられない。そんな風に自分の中の理想と現実の間ですったもんだを繰り返している僕を見て何を思いついたのか、にんまりと笑みを浮かべる。その笑顔にゾッとしながら、これは尋ねなければ駄々をこねるパターンだと悔しいながらも分析してしまった僕は恐る恐る「どうしたんだ、ジャイボ」と何時ものように平静を装って尋ねる。すると待ってましたとばかりに口をくぱぁと開く。規則正しく並んだ歯と真っ赤な舌がこれまた真っ赤な唇の間から見え隠れするのに少しだけ興奮してしまい、ごくりと唾を飲む。不貞腐れたかと思ったら次の瞬間にはもう人を惑わせることを思い付くその姿形にまんまと惑わされてしまった僕は



「じゃあ、ゼラが洗ってよ?」



結局いつまでたってもこのジャイボという悪魔に遊ばれ転がされ、どうやったって敵わないのだ。




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