君への贖罪

0608 タミジャイの日SS

彼はとても惨めだった。神様に愛された端正で綺麗な顔を涙や鼻水やよだれでグショグショに汚し、その恵まれた容姿はもはやボロ雑巾のようだった。手足は汚れ、制服は所々擦り切れて、まるでリンチされたかのようだった。しかしそれは正しくない。というのは、彼に歯向かった奴は決まって全員半殺しか精神的に絶望の淵まで追いやられて、彼に歯向かったことを後悔させられる。それを知っててわざわざ絡む奴なんていない。よっぽどの物好き、例えば、俺なんかみたいな。
最初は好奇心だった。自分以外の、いわゆる容姿端麗な奴と関わったらどういう風になって周りからはどんな目で見られるのか。高嶺の花のように近寄り難い存在になるか、もしくはそんな花の甘い匂いに誘われた誘惑に勝てない虫がこぞって寄ってくるか。答えはどちらでもなかった。その花たち自身がお互いに相手を見初めて惚れてしまったのだ。そこからは早かった。くんずほぐれつ色んなことをした。手を繋いだり触れ合うのは当たり前であり、それ以上、キスだってセックスだってやれることは手当たり次第したと思う。お互い綺麗だ、端正だ、なんて周りから煽てられて生きてきたようなもんだから、あまりにも盲目で自分たちのことしか見えてなかったのだろう。だから自分たちの外の世界、いわゆる世間の常識というやつに気づけなかったんだろう。あれだけ好きだ、愛してるといった言葉を並べ立ててお互いを貪るように求めていたのに突然、ぷつんと俺の中で糸が切れた。そして自分たちが犯していた過ちがどんどん俺を攻め立ててもう逃げ道の無いところまで追い込まれた。たった一つの贖罪は、彼と縁を切ることだった。そして俺は一方的に別れを告げた。あまりにも淡々と、まるで明日の連絡を伝えるかのように彼にとって残酷な言葉を述べていった。


「ジャイボ」
「なぁに??タミヤ」
「俺たち終わりにしよう」
「えっ、冗談でしょ??」
「これがそんな風に見えるかよ」
「タミヤってば嘘吐くの下手すぎー。そんなんじゃ僕のことなんて騙せないよ??」
「………………」
「た、タミヤ………??」
「だいたい間違ってたんだよな、男同士が好きあって付き合って体重ねるなんて」
「ちょ、タミ………」
「気持ち悪ぃんだよ」


そこからは先に述べた通り、彼はとても惨めだった。静かな光クラブにまくし立てたジャイボの音、なんでなんでとただ繰り返される疑問詞、自分に悪いところがあるならば全部直すから、という誓いと懇願、俺を攻撃する音が一緒くたになって響いた。されるがままに叩かれて殴られて揺さぶられて縋りつかれても何も言わずにいたら、その音が変わった。普段なら絶対見せない、俺でも初めて見たような姿でジャイボはわんわんと泣き出した。赤くなった頬や目頭を大粒の涙がぼろぼろととめどなく溢れて行く様はとても綺麗だった。工場の薄暗い明かりに照らされたジャイボは、泣きわめいていても一つの芸術品として成り立っていた。あまりにも純粋に泣き叫ぶ姿を見て、こうなったのは自分のせいなのに、いてもたってもいられなくて座り込んで泣き続けるジャイボを抱きしめた。泣いているのに冷たい身体をそっと抱きしめると、今までと全く違う、弱々しい腕が背中に回ってきた。
でも縋りつくような抱きしめ方は変わっていなかった。


「ぼっ……ぼぐ………ダミヤにすっ、捨てられるがど思っ……えっ……うっ……」
「ごめん、ジャイボ」
「あっ……あんなダミヤ……みだごどながっだがら……ほんっ、本気なんだって……だがら、もうっ………」
「俺が悪いんだ。ジャイボのこと大好きなんだ。だけどこのまま行って、周りから白い目で見られてこれからお前が生きにくくなったらこ 困るだろ??それが怖くて……」
「ばが……ばがじゃないの……僕は、タミヤと居れるだけで……何もっ、いらないがらっ……」


そうだ、俺が間違ってたんだ。人の目なんか気にして保身に走ってしまったせいで、神様に愛された端正で綺麗な顔を涙や鼻水やよだれでグショグショに汚してしまった。これはもう許されることではない。だから俺がするべき本当の贖罪は





「ジャイボ」
「ずっ……何??」
「俺はもう二度と、お前を離さないからな」





彼を愛し続けることだ。





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