赤と黒に染まる世界


手がゴツゴツしてくる。そう言って彼女は自分の手を広げて光を遮るかのように高く上げた。そうは感じられないほど白くて細く、真っ赤なマニキュアが映える指はちょっと力を加えただけで折れそうだった。
声が低くなっていく。そう言って彼女はゆっくりと喉をさすった。生まれ持った性別上、成長していくに連れて出てくる喉仏の片鱗を恨めしげに触る姿はまるで声を失った少女のようだった。
身体が変わっていく。そう言って彼女は自分の顔や腕や足を順に触りながら目を伏せた。まるで醜い怪物を見るかのように顔をしかめて成長を拒んでいるかのようだった。

女の子になりたい。いつか彼女、もとい彼はそう言って深い溜め息を何度もついた。可愛い洋服に色とりどりのアクセサリー、お菓子のような甘い香りに包まれてバッチリお化粧をしたらどんなに世界が変わるか!!そこまで言って彼の世界は急激に色味を無くし、目の前の廃工場にピントが戻る。暗くて錆びた色で出来ているこの世界は、きっと彼の気には召さないだろう。油まみれで疲弊し切った大人達は全くと言っていいほど可愛くないし、黒い煙に覆われた町は綺麗じゃない。煙突からとめどなく噴出される煙はいい匂いなどするわけもなく、自然と僕らの鼻に入り体内に充満し身体を内側から黒く覆い尽くしてゆく。忌み嫌われた町、黒い町、そんな底辺のような世界に彼はとてもよく映える。


「綺麗だと思うけどなぁ」
「どこがよ、真っ黒じゃない」
「黒も綺麗だと思うよ??」
「嫌よ、どうせ生まれるなら、こんな暗い世界じゃなくて私のマニキュアやリップみたいに綺麗な世界が良かったわ」
「じゃあ雷蔵は赤とかピンクとか白とか、他の明るくてカラフルな色に塗れた世界が良かったの??」
「当たり前よ!!色を知って生まれてきた以上、明るくて綺麗な景色に囲まれて生きていきたいじゃない」
「僕は黒の無い世界は嫌だなぁ」
「どうしてよ??」


どうせゼラに“漆黒の薔薇”なんて二つ名を付けられたからでしょ、なんて言ってぷりぷりする雷蔵を横目で見やる。女の子になりたかったけれど神様のいたずらか手違いで男としてこの世に生を受けてしまった雷蔵はきっと心と体の差に悩み苦しんだだろう。可愛い服を着れば剥ぎ取られ、化粧をしたら叱られ落とされ、少し足を閉じただけで気持ち悪がられる。幸い、周りにはヤコブやデンタクといった理解してくれる存在や光クラブといった受け入れてくれる場所があったから彼の存在は確立している。まぁ仮に無かったとしても、雷蔵なら強くたくましく生き延びそうな気がしなくもないけれど。それでもふと浮かべる切ない表情や時折見る弱々しい背中を見てしまうと、あぁ、守ってあげなきゃなぁなんてエゴにも近い感情が湧き上がる。僕なんかタミヤみたいに信頼も力もあるわけじゃないしゼラみたいに先導出来る能力があるわけでもない。守ってあげるなんて大それたこと言える立場なんかじゃないのは自分でも十分分かっている。分かっているけどそれは誰にも口出し出来ない。これは僕のエゴなんだから。


「だって景色が黒くないと雷蔵の白くて綺麗な肌は映えないでしょ??真っ赤なマニキュアだってリップだって、景色が暗い役回りをしてくれるから綺麗に見えるんだよ。もしも世界が色鮮やかだったら、それは確かに明るくて綺麗かもしれない。けれど、同時に綺麗な雷蔵も同化しちゃうんだ」
「何言ってるのよ………」
「だ〜か〜ら〜、雷蔵が消えないように、僕が黒になってあげるって言ってんの!」
「はぁ〜何よそれ……」


訳が分からないといった顔で雷蔵は困惑していた。これ以上なんて説明すればいいのか僕自身にも分からなかったし、小難しいことを考えるのも面倒になってきたので考えることを放棄して唇を奪った。本当は照れて赤くなっているであろう僕の顔を見られたくないからなんだけれども、そんなの知られたら恥ずかしくてさらに顔から火を吹くからそれは内緒。雷蔵の唇はゼラとは違って少しふんわりとしていて柔らかかった。さすが毎日手入れをしているだけあって、きっと女の子とキスをしたらこんな感じなんだろうなと一瞬思ったけれど、他の女の子なんかよりよっぽど雷蔵の方が可愛いし綺麗だと思った僕は名残惜しく唇を離した。目の前には自慢の爪や唇みたいに頬を赤く染めた雷蔵が綺麗な瞳で僕を見つめていた。何か言いたげな表情を見てまたキスしたいな、なんて思った僕は彼女の頬にかかった綺麗な髪を少し横に流してまた顔を近付ける。さらりとした柔らかな髪に触れ瞳を覗き込んであぁ、やっぱり黒は綺麗だなって思いながら暗闇に溺れていった。





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