※現パロ。社会人な主人公と、ゆかいな仲間たち。幸せになってほしい。捏造設定あります





「どうかしたの?」
ミツキが少々威圧的に尋ねると、ドアを背もたれにして体育座りをし、膝に顔を埋めて丸くなっていた少年の肩がびくりと震えた。ミツキの存在を意識しているのは、彼女も感じていた。少年の様子にミツキはため息をつきたくなって、けれど、寸でのところで飲み込んだ。このマンションのエントランスはオートロックだ。屋内に入り、部屋の前に居るということは、鍵は持っているはずだった。
このマンションに越してきて四か月ほど、これまでに顔を合わせたことはなかったけれど、少年は向かいの住人で間違いないとミツキは考えていた。周りの部屋にはどんな人間が住んでいるのかと訊ねたとき、向かいの部屋には「中学生の子供のいる家族が住んでいる」と、入居の際に大家から聞いてはいた。


制服姿の少年は、一時間前、ミツキが帰宅してきたときにはもう、すでに体を小さく丸めて、自宅(おそらく)のドアの前に座っていた。エレベーターを降りて廊下の角を曲がった瞬間の驚愕は、ここ最近では味わったことのないようなものだった。霊的な何かか、と一瞬思ってしまったほど。
なにがあったか知らないけれど、面倒には関わりたくないと、ミツキは声もかけずに自分の家に入った。しかし、そこに躊躇いが、まったくなかったわけではない。
ただの親子喧嘩だろうと思うし(だとしても締め出すのはやり過ぎだと思う)、いつからあの状態だったのかは知らないが、一晩このままなんて有り得ないだろう。今の時代、中学生だって携帯電話を持っているだろうし……などと考えながら、湯船にじっくり浸かって、それでも気になって、湯上りにそっと玄関扉のドアスコープから様子を伺うと、あれから一時間は経っているというのに、そこにはまだ少年の姿があった。
呆れてため息が出た。髪を乾かして、ミツキは、ドアを開けた。そして五分ほど腕を組んで少年の様子を眺めたあとで、「どうかしたの?」と、尋ねたのだった。


「いつからそうしているの。もう十一時よ。いくら建物の中にいるからって、風邪ひくわよ」
返事はない。肩はびくついていたのだから、寝ているということは有り得ない。
「……警察に届けたら、マンションの中でも補導ってされるのかしら」
がばっと少年が顔を上げた。ミツキがふっと笑ってやると、しまった、というような表情をして、目をそらす。ミツキは少年の前にしゃがみ、その顔を覗き込んで「本当にどうしたの」ともう一度問いかけた。今度は優しく聞こえるように。
少年はちらりとミツキを見て、「帰りたくない」とつぶやいた。帰りたくないも何も、もうほとんど帰ってきてるだろうと、突っ込むこともできず、ミツキは我慢していた分も合わせて大きなため息をついた。少年がぐっと唇を噛む。
「明日学校は?」
「休みです」
「嘘、平日なのに?」
「……明日から春休みなので」
「ああ、中学三年生だったの。私も今日、妹の卒業式に行ってきたわ」
ミツキは立ち上がって膝を伸ばす。それにつられて少年の視線も上に向く。
「ここ、君の家よね?」
少年が背もたれにしているドアを指さすと、少し躊躇ったあとで、「はい」と返事がある。
「でも帰りたくない」
「……はい」
その答えに、ミツキは乾かしたばかりの髪をがしがしと掻いた。
「ああもう……! 一晩中このままのつもりだなんて、気になって仕方ないじゃない、君なにしてるのよ」
「いや、別に、放っと」
「大人の男ならまだしも、少年を放っておけるわけないでしょ! そんなとこに座って、気にしてほしいんだって、全身で言ってるようなものよ」
かあっと、少年の頬に朱が差す。
「そ、んなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃなくてもそうなの。来なさい、今夜は泊めてあげるから」
「え……、何で……、」
「もう、いいから立って、補導されたいの? 私だって眠たいのよ、ほら」
そう言ってミツキは少年の腕を掴み、引きずるように立ち上がらせる。案外軽い体に少し驚く。
「埃はらって」
凄んで言うと、慌てて制服のスラックスを叩く。ミツキはまた小さくため息をつき、ドアを開けると「どうぞ」と少年を中に促した。本当にいいのか、と、少年が目で訴えてくるので、背中を思い切り押して押し込み、自分もまたドアをくぐった。
「ご飯は食べたの?」
玄関の段差に躓いて転んだ少年が、痛そうに膝を抑えながら振り返る。
「大丈夫です」
「……タイミングのいいことに昨日の残りのカレーがあるから、出してあげる」
「えっ」
「温めておくからお風呂入ってきて、下着とかは仕方ないけど、寝間着なら貸してあげられるから」
「でも……」と困ったように見上げてくるので、「汚いままでうちの布団を使うつもり?」と言うと、少年は慌てて立ち上がり、「お風呂どこですか」とミツキに尋ねた。「そこのドアが洗面脱衣所」と答えて、ミツキは居間に入っていく。
「あの……、ありがとうございます」と、背中から聞こえたので、「大人の責任よ」と、ミツキは肩を竦めて返した。

少年が風呂に入っている音を聞きながら、バスタオルと着替えを用意し、たまに妹が来るとき以外には使ったことのない客用の布団を出し、昨夜のカレーを温めているうちに、まだ彼の名前も訊いてないということに思い至った。何かあるのだろうけれど、基本的に大人の命令に逆らわない素直な少年ではある。
(すごい頑固みたいだけど……)
あの頑なさが、家庭の事情によるのなら、どこまで訊いていいものだろうかと、ミツキは逡巡する。
(なんにせよ、普通じゃないお家ではあるんだろうけど)

シャワーの音が止んで少しして、少年がそっと居間のドアを開けた。それを見てミツキはカレーを皿によそった。時刻は十一時半を過ぎている。
「ほら、お腹すいてるでしょ、食べて」
「すいません……」
「申し訳なく思うなら、事情を聞かせてもらえる?」
食卓を兼ねているローテーブルにカレーライスとミネラルウォーターを置く。座布団代わりにクッションを渡して、ミツキ自身は突っ立っている少年の向かいにある、一つしかない座椅子に座った。缶ビールを一缶持って。
「うそうそ、ほら、早く食べなさい。口に合えばいいけど」
「……いただきます」
持っていたクッションを敷いて座り、少年がカレーを食べはじめる。それを見ながら、ビールに口をつける。
「おいしいです」
「そう、よかった」
「こういうの、久しぶりです」
「こういうのって?」
「誰かが作ってくれた料理」
「そうなの。それは、あなたが家に帰りたくない理由なの?」
スプーンを口に運んでいた手が止まる。
「あー、ごめん、つい気になって。カレー食べて。私黙るから」
テレビも付けていない室内は無音で、少年が食事をする音と、ミツキがビールを煽る音だけが、嫌に耳につく。
「あなたは、ご飯食べたんですか」
不意に少年が顔を上げて訪ねてきた。
「今日は外で食べてきたから大丈夫」
「そうなんですか」
それから、少年の食事が終わるまで、始終無言のまま時間が流れた。少年の食べっぷりは、見ていて好ましいものだった。

「ごちそうさまでした」
「いいえ。そういえば、あなたの名前は? 私はミツキ・アッカーマン。中小企業に勤めるOLよ」
アルコールで多少ふわふわした思考回路で尋ねる。
「アッカーマン……?」
少年が目をぱちぱちさせているので、「なに?」と尋ねると、「い、いえ」と首を振られる。
「エレン・イェーガーです」
「エレンか。かわいい名前ね……。ところで、ご両親に連絡はするのよ。どうせしてないんでしょう? 友達の家に泊まるとかでいいから。帰ってこなくてきっと心配してるわ」
ミツキの言葉に、少年は微妙な表情をして「はい」と頷く。それに満足して、ミツキはぐっと伸びをした。
「ああ……、眠い、だめだ、私もう寝るから、君はそこの布団使って……。お皿はシンクに置いといて、水につけておいてね」
「はい。すみません、ありがとうございます」
「いいえ……。私、明日は七時前には起きるから、エレンもそのつもりで。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
寝室のドアを閉めるまで、ミツキの背中に、エレンの視線が刺さっていた。




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