「また、穴が開くほど見つめてますね」
耳元で囁かれた言葉に、カリーナの肩がびくりと盛大に震えた。持っていたドリンクを危なく取り落とすところだった。カリーナは、勢いよく後ろを振り返って、至近距離で声の主を睨みつける。
「ハンサム……!」

トレーニング用のTシャツとハーフパンツ姿の彼は、近づく気配も感じさせず、カリーナの真後ろに腕を組んで立っていた。カリーナが彼に気が付かなかったのは、彼女がある一点を見つめて、ぼうっとしていた所為でもあったけれど。

「あなたも失礼なひとだな。僕よりあんなおじさんがいいなんて」
呆れたように言いながら、ネイサンと談笑している虎徹に視線を投げると、それを見ていたカリーナの頬がみるみる赤くなっていく。それを間近に見て、バーナビーはある種の感動を覚えた。こんなに純粋な生き物がいるなんて。
唇を真一文字に引き結んでバーナビーを睨み続ける彼女は、口を閉ざしてはいても、その心のうちを暴露していた。そしてそれは、彼女にしては、驚くほど素直な態度だった。一年前よりずっと。

「本気なんですか? この一年ずっと?」
「うるさいな」
面倒くさそうに、ふい、と顔を背ける。本当に、以前の彼女からは考えられないことに、これは肯定だ。バーナビーは腕を組み直して、首を傾げた。
「あのおじさんのどこがいいんです? 年上がタイプって言ったって限度があるでしょう」
「そういうんじゃないけど……っていうか、そっくりそのまま言葉を返すよ。タイガーに出会って、きっとアンタが一番変わったんじゃない」
ちがう? 目で問いかけてくるカリーナの言葉に、今度はバーナビーが目を丸めた。
彼女が自分を見てくれていたとは、思ってもみなかった。出会ったばかりの頃は、外の世界を拒絶していたというのに、そんな頃の自分を、彼女は覚えていてくれている。

右手を唇にあて、物思いに耽っていると、カリーナが訝しげな視線を寄越してきたので、「カリーナさん」と、名前を呼んで笑いかけた。
「なに」と、彼女は更に怪訝そうな表情を見せ、少し後ずさる。それを気にも止めずにバーナビーは続けた。
「僕はあなたの応援をすることに決めました」
「はあ? 応援?」
「どこの馬の骨ともしれない輩に虎徹さんが捕まるくらいなら、あなたが傍にいてくれたほうがいいですから」
「…………」
「何ですか、変な顔して」
「別に……、もし私がタイガーと結ばれたら、もれなくアンタが付いてくるんだなって思って」
「あ、よくわかりましたね」
「わかるもなにも……」
カリーナは笑おうとしたけれど、頬の筋がひきつっただけで終わった。
相棒っていうより、親子に見える、とは、流石に言えなかった。現在のバーナビーの虎徹に対する思い入れは、もはや、依存、と呼べる気がしていたけれども。よく一年近くも離れていられたと思うほどで、その思いの強さは、カリーナも認めざるを得ない。

「……いいわ」
諦めの溜め息をつくと、カリーナは顔を上げた。もしも、の話だけれど、この想いが叶ったなら。
「アンタごと、受け止めることにするよ。私、いきなり二児の母か」
「そのための協力は惜しみませんよ」
嬉しそうに笑ってバーナビーが応える。けれど“二児の母”には、言及しない。変なところで素直なバーナビーに、カリーナももう笑うしかなかった。
「ありがと。でも自分で頑張らなくちゃ。っていうか、アンタも、誰か特別なひと、見つけたらいいと思う」
「え」
特別なひと? バーナビーの思考が一瞬停止する。けれど、次の瞬間には、そうなのかもしれない、と思う。
一年近く、様々な土地を放浪して、たくさんの人とすれ違ったけれど、ただそれだけだった。帰る場所が、帰りたい場所が、自分にはあるのだ、と。
「そうかもしれない」
本当に欲しいなら。
ぽつりと答えると、カリーナは笑って、「私もハンサムのこと、応援してあげる」と言った。
いくつも年下の少女から向けられる、優しい眼差しに肩をすくめて見せて、バーナビーは、自分はまるで自立などできていないのだと、改めて認識する。
お気に入りのおもちゃをとられたくないと、泣いてわがままを言う子供のようだ。わかっているのに、周りにいる人びとは本当に優しい、そんなわがままを、知ってか知らずか、許してくれるので、カリーナの言葉で久々に、新しい風が自分に吹き込むのを感じた。




バーナビーとカリーナ


バーナビーとカリーナ1
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