ホグワーツに入学する前から兄が買ってもらった箒で遊ばせてもらい、空を飛ぶ楽しさを知った。アイルランドのクィディッチナショナルチームの熱烈なファンだった兄と一緒に試合の観戦に行ったりして、私がクィディッチにどっぷりとはまってしまうまでにそう時間はかからなかった。
 一年生はホグワーツのクィディッチチームに入ることはできないから、二年生になってすぐに選考を受けて無事にメンバーになることができた。私の入ったハッフルパフ寮は四つの寮の中で一番穏やかな気質の人間が集まる寮だと言われているけれど、私がメンバーに決まった時はハウスメイト達から睨まれたものだ。それもすぐに落ち着いたけれど。
 空を飛ぶのは好きだったけれど、特にチームの役割にはこだわりはなかった。最初はチェイサーとして選ばれたが、練習を少し見た後にその時の私の寮のキャプテンが言った。
「ロイドはすばしこいからどちらかと言えばシーカー向きだな」
 それから、当時のシーカーを務めていた先輩からマンツーマンでの指導を受けて、その先輩がクィディッチチームを卒業した時からシーカーとして試合に出場するようになった。
 一年生の時まではグリフィンドールとスリザリンの一騎打ちと言ってよかっただろう。そこに私が入ったことでハッフルパフは連戦連勝できるようになった……とまでは言わない。なにせ、同じ年に同い年のグリフィンドールチームの新人シーカーが入ってきたから。
 すばしこくて動体視力もいい、きっと彼女が入ったために今年は優勝できるかもしれない、なんて褒めちぎられて甘やかされていた私の鼻を折ったそいつはチャーリー・ウィーズリーという名前で、その日から私の天敵となった。あちらは私のことなんてライバルとして認識しているのかもわからないけど。
 チャーリー・ウィーズリーの出場するクィディッチで準優勝はできても優勝はできなかった。チャーリー・ウィーズリーがいつだって優勝を奪っていって、彼が風邪をひいたために出場できなかった四年生の時の決勝戦で初めて私はハッフルパフを優勝させることができたけど、それでもあいつに勝ててはいない。
 そんな才能あふれるチャーリー・ウィーズリーが、まさかスポーツで生計を立てる道を選ばなかったのは理解ができなかった。私があれだけ羨んで妬んで喉から手が出るほど欲しかった才能をさらに活かす将来を選ばなかった彼は、クィディッチ界の大きな損失だろう。
 なぜかは私の知ったことではないが、チャーリー・ウィーズリーはドラゴンキーパーの道を選んだ。クィディッチ選手も才能がなければ、いや才能があってもそう簡単になれるものではないけれど、ドラゴンキーパーだって茨の道だ。彼がドラゴンキーパーになるまであと何年もかかるだろう。

「ロイド、ナショナルチームの選手に選ばれたんだって? おめでとう。お前の実力ならなれると思ってたよ」

 私がナショナルチームの最終選考に受かった時、まともに話したことなどこれが初めてなのにもかかわらずにこやかな表情のチャーリー・ウィーズリーにそんなことを言われた。
 そんなわけない、あんたが選考を受けていればあんたが選ばれたに決まってる。そうは心の中では思っていた。結局チャーリー・ウィーズリーには何も言うことはなかったけれど。

 不本意な思いを抱えたままホグワーツを卒業したものの、いろいろと心の中で折り合いをつけて前向きに考えることにした。
 数年後、クィディッチワールドカップのアイルランドナショナルチームの唯一かつ初めての女性シーカーになった。それは私の一番の自慢だ。その時はワールドカップ優勝はできなかったけれど、それでも私は私のプレイスタイルに自信が少しだけついたような気がする。




 私がクィディッチでお金を稼ぐようになってから数年経ち、クィディッチのチームメンバーも何人かの入れ替わりがあった。最初は補欠だったのが故障や体調不良の選手の代理で出場していたのが、ここ三年くらいは補欠ではなく私自身としての出場になっていた。
 チームのエースかつキャプテンは期待の新人だった時代から既に注目されていて、サポーター以外からも知名度が高いけれど、シーカーながら私の知名度は彼にはまだまだ及ばない。
 アイルランドチーム初の女性シーカーかつ現在のチームの唯一の女性選手という点では紅一点なんて書かれている記事もあるけれど、美人の歌手のような顔立ちでは全くないため、チームの写真撮影があっても私は端に写ることがほとんどだ。
 そんな私が街中で初めて声をかけられたのが、そのハンサムな男の子だった。




 久しぶりに新しいシューズでも見に行こうかなと試合のオフシーズンに立ち寄ったダイアゴン横丁、学生の夏季休暇にあたることもあって人混みで暑苦しい。それでも人混みに溶け込んでしまうのだから、華もなければ目立ちもしない。ただ平均よりもいくらかは背が高いため、視界は良好。
 高級な品揃えのクィディッチ用品店を一通り見回り、特に買いたいもののなかったため、当初の予定のスポーツ用品店へ向かおうとした、その時だ。私が初めて声をかけられたのは。

「あの、ロイド選手ですか?」

 もしかしてそれは私のことだろうかとふりかえると、そこには目を大きくした一人の男の子がいた。顔立ちはハンサムで、体つきもしっかりとしている。それほど筋肉質ではないが、引き締まった身体だ。きっと何かのスポーツをしているのだろう。

「ええ。君は?」
「やっぱりそうだ。あの、あなたのファンです」

 彼の灰色の目がきらきらと光をとりこんで輝いている。まさか私がそんな輝く目で見られるとは思ってもみなかった。

「ありがとう。でもうちのエースではなくて私でよかったの?」
「僕、ホグワーツのクィディッチチームでシーカーをしているんです。それも、あなたと同じハッフルパフで」

 なるほどそれでは私を知っているわけだ、と納得する。ハッフルパフ出身で自分と同じシーカーなら、確かに知名度は低くても応援するかもしれない。それに、彼の年齢ならばもしかしたら私と在学期間が重なっているかもしれない。

「そうなんだ。私も後輩に応援してもらえて嬉しいよ。名前は?」
「ハッフルパフの九月から四年生になる、セドリック・ディゴリーです。二年生からシーカーを務めています」

 四年生ということは私の五歳年下ということか。彼の名前に聞き覚えはないが、ちょうど私が七年生の時ナショナルチームの選考をホグワーツ外部へ受けに行っていた時にクィディッチチームから抜けて、新人のシーカーを入れるような話をチームメイトがしていた気がする。彼がその新しいシーカーだったらしい。

「君が二年生の時に私が七年生だったはずだけど、ごめん、君自身のことはあまり知らないんだ。でも後輩から、君がとてもいいプレイをすると聞いているよ」

 たくさん話を聞きたいことはあるけれど、ここで立ち話もなんだから。と彼を連れて冷たいパンプキンジュースの店へ連れていった。そこから彼との交流が定期的に行われるようになった。




「なあアルカ、この前ロンドンを一緒に歩いていた彼はボーイフレンド? 結構年下に見えたけど」

 シーズンが開始して私の短い夏季休暇が終わり。合宿が始まった。唯一の女である私だけは一人部屋だが、他の選手は二人一組の部屋を割り当てられている。約一ヶ月という長い期間を過ごす部屋に運び込まれた荷物を開いている合間に、仲のいいチームメイトに休憩がてら話をしていた。

「全然違うって、ホグワーツの後輩。彼もシーカーなんだって」

 セドリックと話をしていた時、チームメイトに見られていたらしい。半ば茶化しながら聞いてくる彼に何でもないことだと言うと、なあんだ、と彼は笑った。現に、私に弟はいないけれど、なんだか彼のことは弟みたいに思っているから。

「なら将来うちのチームに入るのかもな」
「将来有望だよ。しかもイケメンで人気も出るだろうね」

 きっと彼がアイルランドチームの選手になったとしたら、きっと彼は女性人気を一気に引き受けるだろう。
 そんな他愛もない話をしていたが、ああでも、とチームメイトはほんの少し真剣味を帯びた目でこちらを向いた。

「その彼に迷惑をかけないように。うちのキャプテンほど注目はされてないけど、パパラッチはいつどこに潜んでるかわからないからな」

 彼の言葉に私も真顔でうなずいた。キャプテンはよくパパラッチに追われていて、おいおいデートもできないと言っていた。もしパパラッチにセドリックが絡まれたとしたら、彼の学生生活に支障が出るかもしれない。彼と会うことは長期休暇の時しかないだろうけれど、注意しておくに越したことはない。

 そう、学生の彼と会う機会があるとしたら長期休暇の時だけだ。その間全く交流がないのかと言えば、そんなことはなかった。彼は良いペンフレンドでもあった。


 アルカさんへ

 シーズン開始からナショナルリーグ戦があると聞きました。直接試合を見に行けないのは残念です。
 ホグワーツのクィディッチのシーズンも始まり、僕も最近は毎日練習の日々が続いています。
 アルカさんに聞きたいのですが、僕はクィディッチの箒はツィガー90を使ってます。
 スピードはよく出るけれど、強風に煽られるとあまり操縦が上手くいきません。
 どうしたらうまく飛べますか?

 セドリック・ディゴリーより


 ハッフルパフかつシーカーの後輩として、ホグワーツでのできごとの話もするが、彼はクィディッチの相談をよくしてくる。真面目な性格なのだろう。
 さらに、聞いていると本当に彼は優秀なシーカーらしいことが話の節々からうかがえる。これは本当に将来クィディッチチームの後輩になるかもしれない。

 クリスマス休暇と夏季休暇には、彼に誘われて必ず休暇中に一回は会っていた。パパラッチに見つかったら面倒だからと人の多いところにはあまり行かない方がいいと話もして、まるで秘密の恋人の逢瀬のように人気の少ないところを選んで会っていた。と言っても、彼と私は恋人ではないし、会ってもだいたいは話をしたりスポーツ用品を見に行くくらいのものだから、それほど苦労はしなかった。

「じゃあ、そのチョウって子が好きなんだ?」
「す、好きってわけじゃあ……」
「青春だなあ」

 たまに彼の気になる女の子の話も聞いたりして、自分の学生時代に思いを馳せてみたりもしたけれど、私は特に好きな男の子はいなくて、クィディッチとクィディッチ、チャーリー・ウィーズリーを目の敵にしていたこととクィディッチのことばかりだったことを思い出して、彼への有用なアドバイスはしてあげられなかった。

「アルカさんに好きな人はいないのかい?」

 そんなに年上らしい扱いはしないていいよ、と言ったためか、セドリックは私と対等に話をしてくる。私自身もその方が気楽でいいからちょうどいい。

「私に? 私を女として扱わないチームメイトと、私よりもクィディッチに熱烈な監督とコーチくらいしか会わないんだから、いるわけないよ」

 ほんの少しだけ嘘を混ぜて、私は笑う。チームメイトと監督とコーチ、それ以外に合っている男の人でとてもハンサムな人がいる。そして、私はその人に片思いをしていることを、絶対に本人には言わないけれど。
 彼には好きな女の子がいて、その子はとても可愛いとセドリックが言っているのだから、きっと本当に可愛いんだろう。しかもその子もシーカーを務めていて、十中八九シーカーの腕前だけは私の方が上なのだろうけれど、それ以外の女の子らしさなんかは完全敗北だ。
 きっと彼に告白したところで彼は突っぱねることなく、ありがとうと言ってくれるだろうけれど、きっと私と彼のこの関係はそこで終了、延長試合もなしだろう。負け試合が決まっているのなら、私は負けずに、スタジアムに立つこともしない。先輩としての立ち位置を守っていればそれでいいんだ。





「いいか! お前達にはワールドカップの優勝が掛かっている! 相手は強豪揃い、それもビクトール・クラムのいるブルガリアだ!」

 アイルランド一クィディッチに熱い男、我がチームの監督がこれまた熱い激を飛ばしている。けれどそれも当然だ。選手も、私もみなが緊張と興奮を入り混じらせているのだから。
 クィディッチワールドカップにアイルランド代表として参加できることはとても光栄だったけれど、まさか決勝戦まで勝ち抜けるとは思っていなかった。
 国の代表にまでなる選手はみな実力者ばかりだから、もちろん同じ条件で勝負すれば実力がより高い選手が勝利を手にするだろう。けれどシーカーに限って言えば、スニッチを先に見つけられるかどうかは運でもある。育ててきた動体視力で相手チームより先にスニッチを手にすることだけに集中していて、運よく私の方が見つけるのもつかまえるのも早かっただけだ。

 試合の数時間前、とうに現地入りしていた私はアップと緊張の緩和を兼ねてスタジアムの周りを散歩していた私は、友人兼後輩兼好きな人にばったり出くわした。

「セドリック、来てたんだ」
「逆に行かないって選択肢はないと思うよ」

 大きな荷物を背負ったセドリックと、隣にいるのは父親だろうか。

「父さん、アイルランドチームのシーカーのアルカさん。ハッフルパフの先輩でもあるんだ」
「初めまして。アルカ・ロイドです。今日は観戦に来てくれてありがとうございます。アイルランドのサポーターであればいいなと思いますが、どちらにしても今日の試合を楽しんでくださいね」

 まさかセドリックが選手と仲良くしているとは思っていなかったらしく、目を大きく見開いて口をぱくぱくと開け閉めしているが声は出ないようだ。

「じゃあ、試合を楽しんで」
「ありがとう。私のベストを出せるように尽くすよ」

 セドリックの父に軽く挨拶をして、また彼らと別れた。セドリックと話せたことで緊張は多少薄まって、会えたことで心臓は大きく鼓動を鳴らしている。
 これは何がなんでも優勝しなければ、と決意を新たにした。

 結果的に優勝はできたものの、シーカーとしての腕前はビクトール・クラムには遠く及ばなかった。彼のスタイルがチャーリー・ウィーズリーによく似ていて、今回の試合は学生時代を思い出して久しぶりにとても悔しかった。去年のシーカー世界ランク一位のクラムがスニッチを掴むことを前提に、着実にゴールを決めていてくれたチームメイト達のおかげだ。
 相手はクラムだったんだから仕方ない、善戦した方だよ、とチームメイトが励ましてくれたけれど、決勝戦から三日くらいは優勝したにもかかわらず私の気分は沈んでいた。ただ、これからの私の中の新たなライバルは彼に決まりだ。
 決勝戦が終わってすぐにセドリックからの手紙が来たことで私の心はようやく浮上した。国代表のクィディッチ選手でも恋で気分の上下があるなんて、パパラッチどもに知られたら大変だ。

 そのビクトール・クラムの属するブルガリアのダームストラング校とフランスのボーバトン校とホグワーツの三校対抗試合が今年行われるらしいということはセドリックからの手紙で知った。しかも、セドリックはホグワーツの代表選手として出場しているらしい。

「危うくドラゴンに燃やされるかと思ったよ。なんとか五体満足で終えられてよかったよ」

 クリスマス休暇中、あまり人のいないホグズミードのさびれたパブで久しぶりのセドリックはまた少しだけハンサムに磨きがかかっていた。聞くと、クリスマスダンスパーティで彼は無事恋人になったチョウとパートナーになってダンスを踊ったらしい。
 よかったね、と返すと、セドリックは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑った。ほんの少しだけ胸が締めつけられて、それでも彼の笑顔に見惚れてしまったのだから恋する乙女は負けっぱなしだ。

「それにしても、ポッターの飛びっぷりは最高だったよ。僕も手当てを受けながら見ていたけれど、ライバルながら痺れたね」

 彼の言うポッターとは、あの有名なハリー・ポッターだ。生き残った男の子はクィディッチの才能もあるらしく、私も今使っているファイアボルトに乗っているのだとか。

「私も見てみたかったよ」
「そうだよね。君はプレイする側だけれど、そういうのを見るのも好きだろう?」

 ハリー・ポッターの飛行の話だということはよくよくわかっていたけれど、彼の、好きだろう、という言葉にどきりと胸が高鳴って、さあね、なんてはぐらかした返事をしてしまった。好きだよ、なんて返してしまったら、私の封じ込めた心の内が伝わってしまいそうだったから。




 それから、対抗試合の課題の攻略に忙しくしている旨の手紙が届いて、それから彼から手紙が来なくなってしまった。それは、対抗試合が終わったはずの夏季休暇中に入ってからも。おかしいな、と思っていたけれど、もしかしたら課題であまり会えなかった恋人のチョウと会えなかった期間を埋めるようにデートなどしているのかもしれないと思ったら、邪魔しては悪いなと思って手紙も出すことができなかった。
 けれど、夏季休暇が明けて新学期に入ってからも連絡が来ないのはおかしい。手紙を出しても、なぜか帰ってこないのだ。
 恋人と幸せな日々を送っているのだとしても、先輩に対して返事の一つも返さないのは失礼ではないか、とだんだん腹が立ってきた。

 久しぶりにスプラウト先生にも会って、クィディッチワールドカップで優勝した報告もしたいし、ホグワーツに会いに行こうかな。別に先輩なのだから会ってもおかしくないはずだ。
 そうと思い立ったら行動するのが私の性で、その日のうちに監督に一日だけ休暇申請を出した。

 なんの連絡もなしにセドリックに会いに行ったらびっくりするだろうな。先輩に対して返信しないのは不敬だし、彼の驚いた顔で相殺にしてあげようかな。
 そんなことを考えながら、ホグワーツに向かう準備をしていた。



 君がいないのは少しさみしかったよ、と最初に言おうと心に決めて。




title by 星が水没

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