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煉獄さん長編番外編(生存if、原作後設定。お庭でひたすらいちゃつく夫婦)


 ぽかぽか陽気の午後のことだった。

 すっかり乾いた洗濯物を取り込もうとしたところで、産屋敷家の若きご当主に向けた文をしたためていた杏寿郎さんがやってきたのは。

「君ひとりか。千寿郎はどうした?」
「お醤油が切れちゃったので、買いに行きましたよ。これくらいならひとりでできますし、千寿郎くんも忙しそうなので、やっちゃおうと思って」
「そうか。では、俺も手伝うから、洗濯物は今のうちに片付けてしまおう」
「はい! ありがとうございます」

 一年前、鬼との戦いで重症を負い、炎柱を引退した杏寿郎さん。柱と呼ばれる高い階級に身を置いて、鬼殺隊の隊士さんたちを率いる多忙な生活を送っていた彼は、今は家事にも積極的に参加してくれるようになっていた。

 とはいえ、料理はかなり強火一直線の人なので、千寿郎くんの監督が必須だ。ただ、洗濯ものを取り込むのは慣れたものらしい。お日様の匂いの布団や、はたはたと風にはためく手ぬぐいを回収してつぎつぎ籠に入れていく。

(早い……! これが柱の力なの……っ?)

 思わず、そんな感想を抱いてしまった。

(それにしたってずるいよなぁ、なにしても格好いいんだもん)

 これも惚れた弱みなのか。

 往年よりは筋力も落ちてしまったと杏寿郎さんは言うけれど、わたしからは精悍な立ち姿にしか見えない。
 ちょうど今は眼帯に覆われた左目側に立っていたので、思う存分見惚れることができた。
 そんなわけでよそ見をしていたせいで、意図せず、わたしの指が彼の指先を掠める。

「あ……」

 そのまま引っ込めるより早く、指先が絡めとられた。

 しばらく無言のまま、杏寿郎さんはわたしの手の感触をたしかめていた。なぜか、このひとはわたしの手をにぎにぎするのが好きらしい。暇さえあれば、手に触れて揉んでくるので以前よりも指がしゅっとした気がする。

(マッサージ効果かもしれない……)

 杏寿郎さんはといえば、毎度のことながら目をかっと見開いている。相変わらずどこを見ているのかは謎だ。だけどだんだん楽しんでいるのがわかるようになってきたので、わたしはさせるに任せてみた。彼に優しく触れられるのは、わたしも好きだったから。

「君はどこもかしこも柔いな!」

 ……と、宣言されるまでは。

「柔い、と言いますと……???」
「うむ! 大福餅のようだ」
「…………」

 今回に限らず、時々、そんな感想がぽろっと零れるのはなかなかいただけない。

「……それはつまり、丸い的な意味なんですかね……?」

 これは女子的にはかなりの重大問題だ。
 わたしは決して太っているわけではない。あくまで平均的……だと個人的には思う。ただ、こうも「柔らかい」だとか「大福」だとかいうワードが並ぶと心配になってくるのが人の性だ。

 一方の杏寿郎さんはまるで悪びれた様子もなく、「どんな君でも俺は愛しく思う!」と宣言してくれるので、わたしのこの形容しがたい気持ちはまったく共有できていないのだろうけど。

 とはいえ、今日は少しばかり様子が違った。

 わたしの手を見おろしていた杏寿郎さんが、その瞳にわたしを映す。そして、わずかに目を細めて酔いそうなほど甘い声で囁いた。

「そうではない。食べてしまいたいほどかわいいという意味だ」
(それって……)

 それ以上、考えるのはやめておいた。考えるまでもなく、意味は明らかだったから。

 熱っぽいまなざしを受けて、わたしの顔も熱くなってくる。鼓動が高鳴って、顔を上げていられなくなって俯いた。だけど、そう長いこと杏寿郎さんから顔を逸らしていることもできない。彼がわたしの頬に両手を添えて顔を上げさせたから。

「っ、杏寿郎さ……?」

 視線が絡むなり、杏寿郎さんの顔には太陽のような笑みが浮かんだ。

「よもや、大福かと思っていたが桜餅になろうとはな。耳まで赤くなっているぞ」
「うぅ、見ないでくださいよ……っ」
「ははは、恥ずかしがることはないだろう。だが、かわいいな。……うむ。かわいい。かわいい! かわいい!!!」
「わああっ勘弁してください、もおお!」

 次第に声量を増し、ついにはご近所中に響きそうになった声に、わたしは大慌てで彼から離れた。

 もともと無理に捕まえておくつもりはなかったのか、杏寿郎さんの手元からは容易に離れることに成功する。おかげで涼風が彼の大きな手に隠されていた熱くなった頬を冷ましてくれた。それでもその冷たさに、ほんの少しのさみしさを覚えてしまったのを見透かされたのだろうか。

 そそくさと籠を持ち上げてお屋敷に逃げ戻ろうとしたところで、わたしは背後から腰に手を回されて抱き寄せられた。広い胸板に背中がぴったりとくっついて、先ほどから暴れている心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと正直気が気じゃない。

「……許可はくれないのか?」
「き、許可、とは……っ?」
「かわいい桜餅に口をつける許可だ」

 いつもの大声とは違う。ふたりきりの夜を思わせる囁き声に、わたしはもう言葉も返せなかった。仮に返せたとしても、意味があったとは思えないけど。
 だって一秒後にはもう、彼の唇に口をふさがれていたから。

(大福、桜餅、丸くて柔い……)

 なんだかもう、いつも杏寿郎さんに翻弄されてばかりいる気がする。手のひらでころころ転がされまくっているから、わたしは自分でも気づかないうちに丸くなってしまったんじゃないか。……なんて現実逃避をして、わたしは彼に身を委ねたのだった。

(おやつどきの戯れ)





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