∴ 虹色スパイス




十代の親友、ヨハンは基本的に料理上手である。そう、基本的に。
この含みのある言い回しがミソだ。

ヨハンは包丁を扱わせれば軽やかな動きで野菜を刻み、魚や肉の下ごしらえも難無くこなす。
フライパンを握らせれば器用に操り、絶妙な焼き具合のオムレツを作ることもできる。
つまり、知識や技術面にこれといった不足はない。

そんな彼の唯一にして最大の問題。
それは時折発揮される妙な遊び心にあった。




「何だこれ」

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
白いテーブルの中央で文字通り異彩を放つ物体に絶句する。

「見てわからないか?レインボー丼さ」


さらりと答えた親友を見て、十代は頭を抱えたくなった。
というのも、つい先日似たような問答を行い諌めた覚えがあるからだ。
あのときは確かレインボーかき氷などと言って、真っさらなかき氷を七色のシロップで染めていたか。

ヨハンはよく出来た親友だが、この奔放な好奇心ばかりはそうそう抑えられるものではないらしい。


ヨハン作のレインボー丼とやらはその名に相応しく実にカラフルだ。
錦糸卵に紅生姜、茹でたほうれん草と花形にくり抜いた人参。
ここまでは良い。
もとい、ここで終わらせるべきであった。
十代はできる限り目に入れないようにしていた寒色部分を恐る恐る見やる。

「…なぁヨハン。この大根おろしにかかってるのってまさか」
「ああ、ブルーハワイだ。綺麗だろ?」

爽やかに同意を求められ十代はぐっと詰まる。
思わず首を縦に動かしてしまいそうな輝きを放つ笑顔は一種の才能だ。
長い付き合いの中で耐性のついた十代ですらくらりとくるものがあるが、ここで負けるわけにはいかない。
曖昧な笑みで流し、話題を変える。

「あー…っと、紫のは?」
「茄子の浅漬け。冷蔵庫に賞味期限の切れそうなやつがあったから入れた」

ブルーハワイよりまともで良かった、と胸を撫で下ろすべきか。
聞かない方が良いかもしれないと思いつつ、十代は一縷の望みを託して最後の問いをぶつける。

「………。こっちのは」
「ブルーベリージャム。他に藍色の食べ物思いつかなくてさあ」

聞かない方が賢明だったようだ。
具に覆われていて見えないが、丼というからにはこの下にさらに白米が埋まっているのだろう。
十代は眩暈を覚えた。


「…お前ってさぁ、変なとこで冒険するよなぁ」
「いいだろー別に。その方が面白いじゃないか」
「だからってこれはねーよ」

しみじみと呟くと、どこまで本気なのかヨハンは楽しげに口元を緩める。
この親友の感性は時に理解の範疇を越える。

「何ならお前も食う?」
「遠慮しとく。…あのヨハン・アンデルセンがひでぇ感覚の持ち主だって知ったら、女の子達が泣くぜ?」
「ははっ今はお前しか見てないし問題ないさ」
「は…」

一瞬、十代は「お前しか見ていない」という言葉に息を呑んだ。
すぐに意味を取り違えたことに気づき、よりによって何て勘違いを、と一人顔を赤くした。
気まずさを感じる十代とは対照的に、ヨハンは翡翠の瞳をきらめかせて熱弁する。

「だってさぁ、全部普通なんてつまらないだろ?人生にはちょっとした刺激が必要なんだよ」

お前もそう思わないか?と夏空の似合う眩しい笑顔を向けられてしまえば、十代に抗う術も理由もない。

「まぁ、確かにな」
「だろ?」


言って、ヨハンはテーブルを指先でコツコツと軽くたたいた。
親友の意図を読み取った十代は椅子を引いて席につく。
こちらをじっと見つめるヨハンに苦笑を浮かべ、100点満点であろう答えを差し出す。

「ヨハン、これ俺も食べていいか?」
「ああ、もちろん!」

よくできました、と満面の笑みを浮かべる親友に柔らかい眼差しを向け、十代はレインボー丼を取り分け口に運んでいった。





その後一週間、十代によりヨハン料理禁止令が出された。










何でも虹に結び付けるヨハン可愛い


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