∴ 意地っ張りと誑しのソテー


※卒業後 ヨハン+ユベル



十代とリンクしている部分よりずっとずっと深い意識の底。
そこに僕の私室ともいえる空間がある。
時間の流れと切り離された、真っ暗で心地よい僕だけの部屋。
そんな場所にこいつを連れてきたのは、ちょっとした嫌がらせのつもりだった。

「…あれ、俺…」
「やぁ。目が覚めたかい?」

もっとも君の体は今眠っているわけだから、この挨拶は矛盾しているのだけれど。
喉を鳴らしてくつくつと笑えば翡翠色をした寝ぼけ眼がこちらに向けられる。

「お前…ユベル?」

ぽかん、と間抜け面を晒している“こいつ”ことヨハン・アンデルセンは、
僕の姿を認めると大きな瞳を瞬かせた。

「ええっと、ここどこだ?俺自分の部屋で寝てたはずなんだけど」
「どうでもいいでしょそんなの」
「ええー…」

ばっさり切り捨てるとヨハンは困ったように笑った。
きょろきょろあたりを見回し情報を得ようとしているみたいだけどお生憎さま。
この空間に存在するのは、僕と君と暗闇だけ。
ヨハンは未練がましく無駄な努力を続けていたが、やがて諦めたのか別の質問を投げかけてきた。

「俺を呼んだのはお前だな?俺に何か用か?」
「そうだよ。でも用事は…もう済んだかな」
「へ?」
「だって、君をここに閉じ込めることが目的なんだもの」

あの時みたいに、さ。耳元で囁き、唇で弧を描く。
邪悪と呼ぶにふさわしい表情を作りながら、内心は子供のような期待に満ちていた。
さて、こいつはどんな反応をするだろう?

「うーん、それはないな」

顎に手をやり首をかしげての一考。
その結論は「海に淡水魚はいないぞ」とでも言うような、きっぱりとした口調での否定だった。
こうもあっさり返されると、揺さぶりをかけた身としては面白くない。

「へぇ?どうしてそう言い切れるの」
「ユベルはそんなことしないさ」
「前科があるじゃない」
「あの時とは状況が違うからなー」

こちらの詰問なんてどこ吹く風。
腰に手をあてて快活に笑う姿は憎たらしい光そのものだ。
なんだい…怖がらせてやろうと思ったのに。これじゃあ嫌がらせにならないじゃないか。

「何が目的か知らないけどさ。せっかくだし話そうぜ。俺、お前のこともっと知りたい」
「僕は話すことなんてないね」
「まぁそう言うなよ。うーん何から話そうか…」

人の意見なんて無視して強引に話を進めるあたりは十代そっくりだよ。
愛しい十代なら理不尽も愛に変わるけれど、君にされても腹が立つだけだってことを分かってほしいね。
じっ、と瞳と同じ色のぼさぼさ頭を掻くヨハンを見つめる。
ああでもないこうでもないと、宝石のようにきらめく瞳を伏せ思案する姿は暗闇の中でさえまばゆい。
やはりこの男はどこまでいっても光の存在だ。愛しい人を守るため、闇に身を堕とした僕とは正反対。
そんなことはわかっている。そう、わかっていることなのに。
――それが酷く苛立たしい。

真っ黒な墨を垂らすように、心の中をどろりとしたものが広がっていく。
ぐちゃぐちゃに傷つけてやる。こんな光、翳ってしまえばいい。