∴ 永遠にはまだ遠い ※ヨハンが故人 黄昏時より少し前、灰色が立ち並ぶ丘の上にて。 "JOHANN ANDERSEN"。 そう刻まれた石碑の前に、花を供える人影がひとつ。 それは鳶色の髪をしたまだ年若い少年で、細身の赤いジャケットが彼のすらりとした体型によく似合っていた。 名を、遊城十代という。彼は、ヨハン・アンデルセンの唯一にして無二の親友だった。 少年――十代はその場に片膝をつくと、ざらりとした石の表面にそっと指を這わせた。 そうしてそこに刻まれた友の名を、一文字一文字確かめるようになぞっていく。 「…よぉ。久しぶり、親友」 呼びかけに応じる声は無い。けれど、十代の脳裏には確かに懐かしい友の声が響いていた。男にしては高く、澄んだ空の似合う美しい音。 十代は最後の"N"の文字までたどり終えると、ふっと遠い目をして物言わぬ石碑を見つめた。 記憶の庭に住む彼の人の温かさと、目の前にある冷えきった灰色の塊。 二つの有り様が何ともちぐはぐで、十代は未だこれらを直線で結ぶことができないでいる。 「ここは寂しいな。お前、ちっとも似合ってないぜ」 ぽつりと呟く。反論の一つでもしてくれたら、と願っての悪態だった。 けれど、どんなに願ったところで死者は蘇らない。 十代は深い息をつき、疲れた様子で草の上に腰を下ろした。硬く冷たい墓石に背中を預け、そのまま瞼を閉じる。 色彩を失った世界は、まるで時の流れが止まったかのようだった。いや、事実、十代の時はヨハンを喪った三年前で停滞している。 「こうして訪れる度、碑に触れて…いつか、お前の名を示す溝がすり減り消えていく。…そんな日が来るのかな」 目を閉じたまま、十代は感覚を頼りにヨハンの名に触れた。何度も確認し、その度に彼の死が決して冗談などではないことを突きつけてきた深い跡。 これが消える頃には、この胸を押しつぶすような息苦しさも薄れているのかもしれない。 「でもさ、ヨハン。そんなの、たった三年じゃあ、俺には分からないよ…」 縋るような思いで伸ばした指先。それは触れた先から体温を失うばかりで、十代に温もりを分けてはくれなかった。 ――さぁ…さぁ…。 静かな墓所に慰みの風が吹く。 その優しい感触に誘われ、十代は束の間の安らぎにゆっくりと身を委ねていった。 |