∴ 痴話喧嘩なら余所でやれ




※学パロ
※覇王様と十代が双子設定
※十→←ヨハでたぶん友情






「十代って、何でモテるんだろ」
あるのどかな昼下がり。ぽかぽかと暖かい陽気に包まれた教室で、机を挟んで覇王の向かい側に座っていたヨハンがそれはそれは憂鬱そうな溜息をもらした。
――濃厚な面倒ごとの気配がする。
覇王は直感的にそう感じ、読んでいた分厚い文庫本を音もなく閉じた。
幸い、手製の弁当によって空腹は既に満たされている。残りの時間は図書室にでも出向いて暇を潰せばいい。覇王はそう心に決め、そろりと椅子から腰を浮かした。
が、逃亡を察知したヨハンに、逃がさないぜ!と言わんばかりに学ランの裾を掴まれてしまい、渋々もとの位置に座りなおす。
「いや、だってさぁ。あいつ自己中の象徴みたいな奴じゃん?」
「貴様がそれを言うのか」
「やっぱり顔かなぁ…」
覇王の小言をさらりと流し、ヨハンは自身の昼食である焼きそばパンにかじりついた。購買人気No.1だというそれを咀嚼しながら、しかめっ面でうんうんと唸りだす。こうなってしまえばもう、話しおえるまでヨハンは解放してはくれないだろう。それなりに長い付き合いの中、彼の天真爛漫という名の横暴さを嫌というほど理解していた覇王は、諦めの息を吐いた。
「十代が多数の異性から好意を寄せられているとして、何か不都合があるのか」
「ある」
「理由は」
「俺との時間が減る」
きっぱりと言い切り、ヨハンは四分の一ほどになっていたパンを一口に押し込んだ。
――自己中はやはり貴様ではないか!
もごもごとハムスターのように頬張る同級生の姿を覇王は頭の痛い思いで見つめた。一部でひっそりと囁かれている、"ジャイアンデルセン"の異名が脳裏をよぎる。
「今だってそうだ。あいつ、今頃そりゃもう可愛い一年のコに告白されてるんだぜ」
「どうせ断るのだからそれくらい良いだろう」
「良くない!今月に入ってもう八人目だぞ!?あいつのモテ具合は一体何なんだ!」
言って、ヨハンは机に拳を叩きつけた。ガン、という音が教室に響き、クラスメイトたちの視線が一斉に集まる。覇王はそれをひと睨みで散らすと、わめくヨハンを余所に得た情報を整理する。
今月はまだ始まって十日と経っていない。にも関わらず、十代に告白した者の数は把握しているだけで既に八人。ヨハン曰く、ここ最近の十代は連日、昼休みやら放課後やらに女子生徒に呼び出されてはバッサリ斬る、を繰り返しているという。
実弟である覇王から見ても、双子の兄・十代はどこか人を惹き付ける魅力を持った男ではあった。が、彼は人の心の機微にとんと疎く、こと恋愛面においてはそれが顕著に表れていた。悪気なく、それも無意識の内に相手の恋情を摘み取ることもしばしばで、これまで告白に至るほど思いを募らせた者は実はさほど多くない。それを踏まえると、確かに近頃の十代の人気は異常と言えた。
「こうもしょっちゅう呼び出されてちゃあ、全然一緒にいられないし。十代は俺の親友なのにさー…」
むすっと眉を寄せ、ヨハンは頬を膨らませる。とても十八になった男のするような仕草ではなかったが、童顔で、どちらかと言えば可愛らしい部類に入るヨハンには不思議と似合っていた。つくづく容姿に救われている奴だ、と覇王は内心ごちる。
「そういう貴様こそ、つい昨日告白を受けていたのではないのか?」
ふと、前日の夕方、委員会へ向かう道すがら見かけた光景を思い出して、覇王は何の気なしに訊ねた。教育棟と部室棟の間に位置する中庭。その片隅で生い茂る木々の陰に隠れるようにして、ヨハンらしき人物と見知らぬ女子生徒が話をしていた。
問われたヨハンははじめ、覇王が何のことを言っているのか分からなかったらしくきょとんとしていた。まさか見られていたとは思っていなかったのだろう。が、やがて状況を把握するとにんまり唇をつり上げて、「のぞき見なんて趣味が悪いぜ?」と悪戯っぽく笑った。
「偶然だっ!」
からかわれ、覇王は羞恥でかっと顔を赤くした。
「あははっ冗談だってー」
「アンデルセン貴様っ…!」
「俺はさ、いーの。そんなに頻繁ってわけじゃないし」
そう言ってヨハンはひらひらと手を振った。
しかしそれも僅かのことで、不意に手を止め黙りこむと、「ほんと、何で急にモテだしたんだろうなぁあいつ…」と呟きそのまま机に突っ伏してしまった。
怒りの矛先を失い、覇王は困ったように青い頭を見つめる。
――実のところ、十代が急に異性の関心を集めだした理由を、覇王はそれとなく察していた。
その考えが浮かんだときは、何て幼稚でお粗末なやり方だ、と思ったものだが、そこは十代に甘い覇王のこと。口に出したりはしなかった。それに、ヨハンの様子を見る限り、その「幼稚でお粗末」な作戦は存外効いているようだ。
腕の中に顔をうずめ、むずがる子供のように唸るヨハンを、覇王は溜息交じりに見やった。

――なぜ十代がこれほど多く恋情を寄せられるようになったのか?
謎を解く鍵はこの点にある。問いそのものの答えは至極簡単で、「十代がそうなるように仕向けたから」だ。これまでの十代は、向けられる好意に対し何のリアクションも返してこなかった。だからこそ相手も変に期待せず、想いが育つ前に自然消滅させることができていた。しかし、ここ最近の十代は明らかに思わせぶりな優しさを見せるようになった。あれでは「自分は特別な好意を持たれている」と錯覚してしまうのも無理はない。
では、そもそもの疑問として、十代はなぜ急にそんなことをするようになったのか。それについては覇王の目の前でぐずっている少年――ヨハンが大きく関与している、というより原因そのものなのだが…。
「おい、アンデルセン」
「なんだよ…」
机に沈んだまま、ヨハンは不機嫌そうに返事した。つい漏れ出そうになる溜息を何とかのみ込み、覇王は続ける。
「貴様、そんなに十代にかまって欲しいなら本人にそう言えばいいだろう」
「嫌だね。これだけ親友を放置プレイしたんだ。俺からすり寄るなんてありえない」
完全に意固地になっている。
覇王は今度こそ呆れを隠さず、深い溜息をついた。
――十代の奇行の理由、それはひとえにヨハンの気を引きたいがためだろう。
何だかよく分からないが自分に好意を寄せてくれる生徒と仲良くし、ヨハンをちょっぴりやきもきさせたい。おそらく、はじめはそんな可愛らしい独占欲だったはずだ。しかし、多少誰かと仲良くしたくらいでは嫉妬しない、そんなヨハンの寛容さが悪い方に作用して、だんだん十代の行為はエスカレートしていった。その結果が、あの連日の呼び出し及び告白だ。性質の悪いことに、十代には女心を弄んでいるなどという意識は全くない。あくまでヨハンに自分の重要性を認識してもらうための行為なのだ。はた迷惑にも程があるが、ここまでくるといっそ健気だとすら思えてくる。
とはいえ覇王としては、これ以上兄による被害者が増える前に早々と決着をつけてもらいたい、というのが本音だ。そして、そのためには当事者の一人であるヨハンの協力が必要不可欠である。…のだが、これはテコでも動きそうになかった。
――お互い素直になれば良いものを。
人の気持ちとはどうにも難儀なものだ。覇王は「お手上げ」とでも言うように頭を振り、この場にいない兄と、その親友の行く末を案じ、遠く彼方の空を見た。











巻き込まれた女の子たちと覇王様まじ不憫


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