∴ スポンジ・デュオ ※七夕記念 「なぁなぁヨハン、今日が何の日か知ってるか?」 キッチンから、泡のついたスポンジ片手に十代が顔を出した。 食事の用意はヨハンがしたので、後は任せろと片付けを買ってでたのだ。 ヨハンはもたれかかっていたソファーから背を離し、壁に掛けてあるカレンダーに目を向ける。 日付は、七月七日。 「ああ、七夕か」 「正解!」 ヨハンくん十点獲得! クイズ番組の司会者さながら、十代はスポンジをマイクに見立てヨハンを指さした。 強く握りしめられたスポンジから白い泡がぼふっと飛びちる。 あわてて飛散した泡を拭く親友を余所に、ヨハンは道理でやたらと笹を見かけたわけだ、とひとり納得する。 「ってことでさぁ、いちゃつこうぜ!」 スポンジとともに責任感もキッチンへ放り出してきたのか。 いつの間にか手ぶらになった十代は、ぽすんと隣へ腰をおろすと腕を広げてヨハンへ抱きついた。 何が「ってこと」なのかさっぱりわからないが、そんなことは言っても無駄だろう。 「おいおい、皿洗いはどうするんだよ?」 「後でちゃんとやるってー」 親友の胸におでこをぐりぐりと押しつけ、十代は上機嫌に笑った。 くすぐったそうに「あんま動くなよ」と抗議するヨハンを綺麗に無視し、まわした腕に力を込めてより密着する。 完全に甘えただ。 「十代、七夕の伝説を知ってるか」 「え?えーと、織姫と彦星だっけ?」 ヨハンの唐突な切り出しにも特に動じず、十代は記憶の中にある“七夕”に関する情報を引っ張り出す。 ロマンチックだの何だのと女の子たちがはしゃいでいた気がするが、詳細は思い出せなかった。 「そう。七夕は二人が年に一度だけ会える特別な日なんだ」 「…?」 親友の意図が掴めず、十代は首をかしげる。 その幼子のような仕草に心の中でくすりと笑って、ヨハンは続けた。 「何で年に一度しか会えなくなったか分かるか?」 「さぁ…?」 「仕事をサボりすぎたんだ」 ぴたり、と十代の動きが止まる。 何とも分かりやすい反応を示してくれる親友に満足し、ヨハンは更なる追い打ちをかけた。 「二人で朝から晩まで話しててさ。とうとう神様の怒りを買ったそうだ」 七夕の日しか会えないのはその罰なんだとさ。 ある意味自業自得だよな。 ヨハンが笑顔で言い終えるのと対照的に、十代はみるみるうちに青ざめていく。 普段はもっぱら笑みを形作っている唇をわなわなと震わせて、 「ヨ、ヨハン…」 「どうした?十代」 「俺、食器洗ってくる!」 言うやいなや、十代はキッチンへ駆けていった。 あまりの勢い(と、単純さ)に、ヨハンはあっけにとられ立ち尽くす。 …少し、いじめすぎただろうか。 「…俺だって一年に一度だけ、なんて嫌だからな」 宙に向かって、言い訳でもするようにヨハンは呟く。 そして箪笥から自身のエプロンを引っ張り出すと、泡と格闘しているだろう親友のもとへと向かっていった。 「手伝うぜ」 「えっあっヨハン!」 「二人でやった方が早いだろ」 「…ヨハン愛してる!」 「俺もだよ、ばーか」 |