∴ フレーム・アウト ※十代が病んでます ※バッドエンドくさい 「がっ…!」 喉仏を潰される苦しみにヨハンは目を剥いた。 仰向けに転がされた彼の首には、華奢ともいえる繊細な指が一本一本意思を持った蛇のように纏わりつき、見た目からは到底想像のつかぬ強さで絞め上げている。 ぎりりと手のひらに込めた力はそのままに、腹に跨った十代は上体を倒し、驚愕を浮かべる翡翠へと顔を寄せた。 「かはっ…じゅ、だ、…く、くるしっ…!」 「はは、いい顔」 ヨハンの抗議など全く意に介さず。 十代は酸素を求めはくはくとわななく唇を愛おしげに見つめ、そっと自身のそれで塞いだ。 柔らかな感触を楽しむように何度も何度も重ね合わせる。 時折洩れる細い息をも飲み込み口付けを徐々に深くしていくと、息苦しさからかヨハンの顔が赤く染まり、眦には涙が滲んだ。 歯列をなぞり、萎縮した舌を無理矢理絡めとり、十代は声をあげることもままならない親友の口内を好き勝手に荒らす。 恍惚の表情で危害を加える姿に怯えたように、組み敷いたヨハンの体がぶるりと震えた。 一方的に、乱暴に、ただ貪る。 優しかったのははじめだけで、十代の動きはもはや思いやりなど欠片もない蹂躙と呼ぶに相応しいものへと変わっていた。 ろくに動けぬ状態で呼気まで奪われ、本格的に生命の危機を感じたヨハンは必死に身を捩る。 未だ気道を塞ぐ両腕にぎりぎりと爪を立て、ひとかけの息すら食らう唇を拒み、自身を脅かす男の狂気から逃れようと懸命にもがく。 白く細い腕に食い込んだ爪が柔らかな肌をぶちりと破り、赤い筋を描いた。 ----------------------- 「がはっ!げほっげほ…!っはぁ、はー、はー…」 窒息寸前でようやっと解放されたヨハンがえづくのを、十代は陶酔しきった顔で見つめる。 宝石のような瞳から恐怖と安堵の涙がこぼれ、散々嬲られ色付く唇の端を唾液が伝う様子は、抉られた腕の痛みを忘れさせるのに十分だった。 「十代、なん、で…?俺、お前の気に障ること…した、のか…?」 もしそうなら謝るから、理由を教えてくれ。 ぐったりと横たわったまま目線だけを寄こしたヨハンは、殺されかけたことを責めるでもなく――もちろん十代に殺す気などはなからなかったが――まず自分に非を見出そうとした。 どこまでも優しい親友。 胸の奥がじんと熱を持ち、十代はたまらなくなって、目の前の身体をぎゅっと抱きしめた。 ヨハンは一瞬躊躇ったものの、おずおずとその背に手を回す。 「そうじゃない。ヨハンはいつだって最高の親友だ」 「だったら、どうして…」 「一番綺麗なヨハンを見たかったんだ」 生と死の境目にある美。 死の淵に立たされたときこそ、人は明確に生を意識し命は鮮烈に輝く。 十代はそう信じている。 生きたい。 ただその一点に全ての望みを集約し、狂おしいまでに燃える命のなんと美しいことか! 生きるために命を燃やすという、ある種の自己矛盾を孕んだ愚かさが人間らしく、十代はとても好きだった。 「思ってた以上に綺麗だった。流石だな、ヨハン」 「……」 愛しているから。 だからこそ、自らの手で最愛の人に世界で一番美しい姿を与えたかった。 たとえそれが想い人にとって苦しみを伴うものだとしても。 命を軽んじているともとれる発言を、ヨハンは信じがたい思いで聞いていた。 そんな理由で、自分は死の恐怖を味あわされたというのか。 十代の言い分は、人の枠から外れ、死という概念から切り離されたゆえの妄信と言えた。 遠い。 十代が、あまりにも遠い。 ともすれば凍えそうになる心を暖めようと、ヨハンはまわした腕に力を込めた。 |