∴ 雨のうさぎ




※学パロ十ヨハ



本日の天候はあいにくの空模様で、黒い雲が渦巻き街全体に暗い影を落としていた。
下校時刻になるとそれはますます悪化し、ついにはさぁさぁと雨を降らし始め、そのうち晴れるだろうと高をくくっていたヨハンを大層困らせた。
彼は荷物が増えることを厭い傘を持ってこなかったのである。
そんなヨハンの救世主となったのが珍しく傘を準備してきた親友、十代であったが、これにはひとつ難点があった。
傘は十代のものだ。
普通に考えて、彼が傘をさしヨハンはそれにお邪魔させてもらうという形になる。
十代が、傘を持つ。ここがネックであった。
非常に失礼な話、十代の身長はお世辞にも高いとは言えなかったので。


狭いビニール傘からはみ出ないよう、身を縮め肩を寄せ合い二人は帰路を辿る。
元々閑静な住宅街ではあるが、この天気では人影もまばらだ。
十代は綺麗に植えられた庭先の花や、雨に誘われどこからともなく現れた蛙に目を輝かせはしゃいでいる。
童心に返る親友に口元を綻ばせるヨハンだが、その頭部にはがつがつと傘の骨がぶつかっており、こぶをつくるのも時間の問題となっていた。
我慢できない痛みではない。
が、こうも頻繁にぶつけられては雑談に興じることもままならない。
十回目を数えたところでとうとう耐えかね、ヨハンは鼻唄を歌っている十代の手から、持ち手をひったくるようにして奪った。

「あっおい何すんだよ!」
「いいから貸せって。俺が持つ」

ぎゃあぎゃあと主導権を取り戻そうとする親友に、ヨハンはどうしたものかと内心ため息を吐く。
貸してもらっている手前、あまり彼のプライドを傷つけるようなことは言いたくなかった。
かといってはぐらかせば十代は変に意固地になるだろう。
暫し言葉を探したものの適切な表現が浮かばず、結局ヨハンはストレートに理由を告げた。
十代はじゃれあいの手を止め親友の言葉に耳を傾けていたが、意味を咀嚼し終わると口をへの字にまげ、あからさまに機嫌を損ねた。

「仕方ないだろ。俺の方が背高いんだから」
「おま、ひっでー!」
「悔しかったら抜かしてみろよなー」

言って、ヨハンは空いている手を伸ばし十代の頭にぽん、と乗せる。
彼の意図としては励ましのつもりであったが、十代にしてみれば単なる子供扱いに他ならなかった。

「お前さぁ、そういうことすんの」

喉の奥から絞り出すようにして十代は低く言う。
眉間には深い谷ができており、不機嫌の度合いが一目でわかる。
流石のヨハンも自分の失態に気づき、ぱっと手をのけすぐに詫びを入れた。

「ごめん、悪かった。からかうつもりじゃなかったんだ」
「…ヨハンに悪気がないのは知ってるよ。たださぁ、こう、男として情けねーっていうか…」

両手で顔を覆い、十代は「うがー!」っと唸る。
思い当たる節が多々あるヨハンも「ああ、何となくわかるぜそれ…」と同意を示した。

「ジムとか縮めって本気で思う」
「俺もだ」

脳裏によぎるのは同学年で随一の長身を誇るジム・クロコダイル・クックの姿。
顔を見合わせ、二人してがっくりと肩を落とす。
背丈に関する話題は彼らにとってあまり触れたくないところであった。


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「やっぱりさぁ、好きな奴の前ではカッコつけたいんだよ俺も」

いつも二人が別れる十字路まであと少しというところだった。
出し抜けに切り出した十代はヨハンの返答を待たず――端から返答など求めていなかったのかもしれないが――さっと傘を抜け出した。
多少小降りにはなっていたものの依然として雨は続いており、十代の真っ白なシャツにぽつぽつと灰色の地図が描かれていく。

「おい、十代濡れるって!」

慌てて歩み寄ったヨハンが傘を差し出す。しかし、十代は受けとろうとしない。
どころか逆にヨハンの手を押し返し傘の柄をしっかりとにぎらせ、「俺はいいからお前が持ってろ」とだけ残しそのまま身を翻してしまった。
ぱしゃぱしゃと忙しない音を立てながら、十代はどんどん遠ざかってゆく。
小さな背中が曲がり角に吸い込まれていくのを、ヨハンはぽかんと見送った。

塀を越え道路まで伸びた枝葉が大きくしなり、雨の塊がぼとぼとと安っぽいビニール傘へ降り注ぐ。
その振動でようやく我に返ったヨハンは十代の呟きを反芻し――じわじわと頬の赤みを増していった。

「何恥ずかしいこと言ってんだあいつは…!」

借り物の傘を握りしめ、ヨハンは一人羞恥に悶える。
まばらになった雨粒が、ぽつんぽつんとビニールの上を不規則に跳ねていた。





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