リン。

ふと、小さな澄んだ音が伊作さんの部屋でいつも通り湯飲みとしてただそこに在った、俺の鼓膜を揺らした。
小さいはずのそれを正確に捉えた俺は、脳が判断するより先に瞬時に人間に変身し着物を羽織ると、音がした方向に全速力で駆け始めた。

それが神様に与えられた第六感の力なのか、それとも俺という個体、魂に染み付いた何かがそれを求めたのかは解らない。

音がした場所には、俺に背を向けて座る赤い、いやワインレッドの毛色の猫が居た。…猫にこの毛色はあり得るのか?赤茶とかならまだしも、赤が鮮明過ぎるだろ。

「ふーん、やっぱ見えるんだ」


…今、猫の方から声しなかったか?

猫が振り返る。その毛と同じ真っ赤な目に、俺は悪寒が走った。
やばい、こいつただの猫じゃないどころか、…生き物かどうかも怪しい。

「はは!んな怖がんなよ!まぁ、怖がるって時点で君ももう相当染まってるって話だがな」
「…何の話」
「八代君の話だ、決まってんだろ?」

はは、流石。俺の名前なんて名乗るまでもなく知ってんのか。

「安心しろよ、俺は絶対的に…今は八代君の味方だ」
「おい、なんか不穏なもんついてたけど」
「はははっ!まぁいいじゃねぇか!あ、ちなみに俺の名前はニコラな。これから末長くよろしく?」

すみませーん、誰かまるで状況を理解出来ない僕に説明をお願い出来ませんでしょうかー?

「俺、そろそろ時間ないんだけど…」
「ああ、そういえば。じゃあ最後にこれは、君に俺からの餞別だ」

猫は何処から取り出したのか、いつの間にか咥えていたそれを俺に向かって放り投げてきた。

リン。

慌てて、まるで追い縋るようにそれを掴んだ。
掌の中には、パステルピンクに塗られた可愛らしいデザインの、片方だけの鈴のピアス。

「なん、で…っ」
「俺はね、八代恒希の起こす愛の奇跡ってやつを信じてるんだよ。頼むから、俺達の、あの方の期待を裏切らないでくれよ?湯飲みヒーロー」


直後、一帯を何の前触れも無しに豪風が吹き荒れ、一瞬目を閉じた俺が次に目を開けた時には猫は消えていた。
俺はパステルピンクの鈴を慣れた動きで右耳につけ、踵を返した。

片側からだけ聞こえる鈴の音が、酷く懐かしかった。昔、前世で、俺は同じものをやはり片耳にだけしていた。


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