伊作さんが俺の脱ぎ散らかした着物を畳むのを見ながら、俺は思った。


…それ、お願いだから洗ってぇえええ!俺、褌すらつけないで着ちゃったから!それで全力疾走したし、汗ついてるだろうし、血もついてるかもしれないし、適当に着た上激しく動いたから汚れてるし、汚いから!

俺のそんな訴えなど知るよしも無い伊作さんは、着物を綺麗に畳み、何故か仕舞うことなく部屋の隅に置いた。
あれ?仕舞わないんだ。いや、汚くなった着物だしそりゃそ…もしや捨てる?はは、汚いもんな。だよなぁ。ごめんなさい伊作さん、心からごめんなさい。


「伊作ッ!大丈夫か?!」
「…留さん?」

突如血相を変えて部屋に入ってきた食満君に、俺は警戒しながらも伊作さんの名前に続いて出た言葉に少しの期待をした。
食満君は間違いなく天女のとりこだけど、あの伊作さんを殺そうとしてた奴等と一緒にはいなかったし…伊作さんと同室だからこの部屋に長く一緒にいたし、他の奴より俺も情が移ってる。極力敵であって欲しくない。

「すまん!俺がどうかしていた…!あんな女に踊らされて…お前にも、酷いことを…っ」

食満君はそう言って、伊作さんに土下座した。伊作さんはぽかんと食満君を見ている。
…え、伊作さんに酷いこと言ってたのかよ。そういうの部屋の外でやるなよ、把握できん。食満君、お前平和になったら一回ぶん殴るから覚悟しとけよ。いや、お前なんぞ君づけする価値も無い。今後は呼び捨てに降格だ。

「あの女って、留さん天女のこと好きなんじゃなかったの?」

そういえば、と俺も伊作さんに習い食満を見た。食満は嫌そうに顔を歪めた。
おい、俺はともかく伊作さんに見つめられてその顔ってどういうことだ。頬を染められてもムカつくが、その顔は許さんぞ。

「文次郎が伊作にくないを向けた瞬間、何かが俺の中ではじけたような感覚がして、天女への嫌悪が沸き上がった。…いや、そっちが元々の感情だ。今まで自分がしてきたことの方が信じられねぇ。まるで、」
「幻術…?」
「ああ」

伊作さんの問いに、食満は重々しく頷いた。
何だそれ。幻術?人の心を操ったぁ…?食満の下手な言い訳だって流すことはできる、が――
5年以上寝食を共にした仲間を簡単に切り捨てて、たった数週間の付き合いの身元不明な女の為に仲間を殺すか?6年じゃない色の装束の奴等もいたが…忍者の卵として学園で学んできた奴等は普通警戒心も人一倍のはずだ。数週間足らずでああも色に引っかかるのは…不自然だよな。

だけど、もし幻術だとしたら――

「本当に…?留さん、もう天女のこと好きじゃない?僕を騙してるんじゃなく?」

瞳を揺らしながら食満に手を伸ばす伊作さんに、俺は今湯飲みなのに泣くかと思った。
食満、やっぱ許さない。6年の連中も、幻術だろうが天女を取り巻いてる奴等、全員。

「当たり前だ。俺はあんな気味が悪い女に二度と近づきたくないし…伊作、自分から縁を切ったくせに虫がいいのはわかっているが、また親友に戻ってくれるか…?」
「っ…もちろん!」

食満は伊作さんの手を取り、そのまま伊作さんを抱き締めた。
苛々する。
御主人は泣いてはいるけど確かにメチャクチャ嬉しそうで、俺はこの友情を喜ぶべきなんだろう。
でもだいたい、泣かせる必要がどこにあったんだよ。御主人が優しくて甘い分、俺は厳しくて辛いぐらいが丁度いいだろ?

「いずれ、皆気づいて元に戻る」
「…っうん、うん!」

あーあ、俺の人間になれる時間がもっと長かったら、伊作さんを抱き締めんのは俺の役目だったのに。

とりあえず、近いうちに天女サンとやらに一度お目見えする必要がありそうだ。
天女だとか関係ない。もし本当に人の心操って伊作さん泣かせたんだとしたら…覚悟しとけよ。



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