数馬君から孫兵君に、孫兵君から竹谷にとたらい回しにされた俺は、竹谷に困ったようにため息を吐かれた。
ぐっ…お、俺だって好きでお前の手の中にいるんじゃねぇし…!伊作さんの両手に包まれていたいし!

それから竹谷は渋々ながら俺を持ち運ぶことに決めたのか、狼二匹を連れて歩き出した。
見覚えのある進路におや、と思ってから、竹谷が何処に行くと言っていたかを思い出し、目の前が輝いた。

「天女様…!」

そう、まさしく此処は食堂!あの見覚えのある後ろ姿は――!

モッチィイイイイ…ッ!会いたかった!そして助けて!俺を伊作さんのところに連れ――
あぁあああッ!モッチー、伊作さん達の部屋来たことないじゃん!=俺が伊作さんの湯飲みだって知らねぇ…!
俺の一瞬の希望後大いなる絶望は、竹谷の声で振り返ったモッチーの表情であっという間に吹き飛んだ。

「竹谷さん、建物の中に動物を入れるのはまずいですよ」

違う。…違う、モッチーの笑顔はこんな笑顔じゃない。
こんな、誰も信用していないみたいな、貼りつけたような笑顔じゃない。もっと、花が咲いたような、此方まで元気になるような、そんな笑顔で――

「す、すみません天女様!ですが天女様こいつ等を少しでも早く見て頂きたくて!かわいいでしょう?それに頭もいいんですよ…!」
「だから、…そうですね。かわいいです」

二匹の狼を撫でる時だけ、僅かにモッチーの表情は和らいだ。
何か怒ったように言いかけてそれから諦めたようにまた貼りつけた笑みを浮かべたモッチーに、竹谷は顔を赤くさせながらただにこにこと楽しそうだった。何だ、これ。
おい、竹谷お前、何で何も言わないんだよ。…違う。何で、何も思わないんだよ。おかしいだろ、こんなの。お前忍たまだろ?気づきすらしないって、そんなの――


モッチーの心なんて、どうでもいいってこと?


「…その湯飲み、」
「え?ああ、これですか?」

突如二人に注目され、俺はもやもやとした気持ちを無理矢理払って意識を現実に引き戻した。

「なんとなく、それを見ていると落ち着きます」
「そうっすか…?俺はむしろ何か嫌な感じがするんすけど…」

だから、何で俺を皆して貶す。やっぱり今日は俺の厄日なのか。
俺、湯飲みの時の自分の外見、かなり好きなんだけどなぁ…こう、個性がありつつも味があって。

「あ!じゃあ天女様にこれ、差し上げます!」
「え、いいんですか?」

おい竹谷ぁあああ!何預かりもの勝手に人にあげてんだてめぇえええ!
俺は、もう伊作さんの所有物なの!伊作さんが要らないって俺のこと捨てない限りは、一生伊作さんだけのもんなの!

「色気のないものですんません…」
「いえ、」

そりゃ湯飲みに色気なんてねぇよ!悪かったなこの野郎!
竹谷の発言をすぐに否定したモッチーは、俺を両手で大切に、宝物でも持つようにして持ち上げた。モッチーの目が細まる。

あ。

「高い簪よりも、着物よりも…これが一番綺麗」

やっといつもの笑顔を見られた俺は、伊作さんには悪いがしばらくの間モッチーの湯飲みになってあげることに決めた。
…俺のちっぽけな存在一つでモッチーが笑顔でいられるんなら、安いもんだよ。

伊作さん、ちょっと浮気しちゃうけど、許してね。



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