孫兵君に運ばれること数分、ドナドナドナと心の中で唱えていると、突然孫兵君は立ち止まった。
俺もつられて何かあったのかと周りを見る。

狼がいた。


…いやぁあああ!何で今日の俺、こんなに動物に縁があるの?!しかも狼二匹いるんですけど?!獣難の相か?!獣難の相でも出てんのか…?!そもそも獣難の相なんて存在するかどうかも知らないけどな!ぶっちゃけ水難以外は知らないやあぁああ!やめてぇえええ来ないでぇえうぉえええ!ちくしょー叫びすぎて一回吐きそうになったぁああああ!

という俺の願い虚しく、二匹の狼は俺達に一直線に駆け寄ってきた。いやぁあああ!許して!怖い、怖いよぉおお!このままじゃ俺、動物恐怖症になるぅううう…!

「ハナとタロウ…?竹谷先輩はどうしたの?」

自分の周りを二匹の狼にぐるぐると回られているにも関わらず、まったく危機感を感じていないらしい孫兵君はおかしいと思います。今人間だったとしても俺だいぶ怖がった自信あるもん…!
それにしても竹谷…?なんか聞き覚えあるな。えっとー……あっ!生物委員長代理か!そういやよく怪我するから伊作さんが前に話してたな!ああ、だから狼ね。成る程成る程。

「タロウ!ハナ!急にどうし…おお!孫兵!」
「こんにちは、竹谷先輩」

名前呼びってことは孫兵君も生物委員か?と疑問に思いながらも、それより何よりとりあえず狼さん達を引き取ってください。心なしか俺、彼等に見られてる気がするんです。
お、俺た、ただの湯飲みだよー…?食べても美味しくないよー…?は、ははは。

「今から天女様に忍術学園の狼がどんなもんか見せに行こうとしてたんだ!」
「へー…そうですか」

俺は二匹の狼との無言の攻防をやめ、視界に竹谷を映した。

…何だろう。なんかこういうの俺、嫌かも。
今まで湯飲みの時は伊作さんと食満の部屋にいたから直接見たことなんてなかった。モッチーはいつもこんな風に扱われていて、伊作さん達はいつもこんなのを見ていて――

俺はまた、二匹の狼に視線を戻した。もう恐怖はない。だって気づいた。
俺、動物の言葉もわからなければ表情だって読めないはずなんだけどな…。なんか、わかったよ。

…お前等も、哀しいのか。

「竹谷先輩、天女のあの人が好きですか?」
「あ、当たり前だろ…!何だよ、急に」

頬をピンクに染める竹谷には男として竹谷好きじゃない湯飲みとして萎えるものがあるが、話の続きの方が気になった俺は竹谷と一緒に孫兵を見た。孫兵に湯飲みの背面向ける形で持たれてるから位置的に見えないけど。忍装束の端しか見えないけど。

「いえ、ただ僕は天女様争奪戦からはもう降りますね」
「え。な、何でだよ!いや、ライバルが減るのは嬉しいけど…そんな急に、」
「急にばっかりですね。…まぁ、急に思い出したんですよ。一番大切なもの」
「…一番、大切なもの?」

不本意ながら竹谷と一緒の気持ちだろう俺は、頭に?を浮かべる。

「僕はジュンコと遊ぶ大切な用事がありますので、竹谷先輩この湯飲み預かってください」
「は?いや、だから俺はこれから天女様に、てかこの湯飲み何だよ」
「さぁ、行こうかジュンコ」

孫兵君は宣言通り半ば乱暴に竹谷に俺を渡すと、ジュンコちゃんと一緒にさっさと歩いていく。その時、孫兵君の肩の上で振り返ったジュンコちゃんと目が合い、びくついてしまったのは秘密である。実際には動いてないから誰にもばれないはずだ。

…あれ?もしかして俺、面倒だからって押し付けられた…?!俺、見事にたらい回しにされてる!今日の俺の扱い、皆酷すぎませんか?!

それから孫兵君は最後に振り返り、遠くから大きな声で竹谷にこう一言付け足した。

「それ、幸運のお守りです。竹谷先輩も、思い出せるといいですね」

勝手にハードル上げられた!



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