人間になってすぐ、特に性急な用事もない俺は立花の言っていた、学園長が俺にくれたらしい伊作さんの部屋の向かいの部屋に飛び込んだ。
だってくのたまの件は今のところ俺に害はないし。
「…おお!」
思ったより部屋は豪華だった。
てか、俺の部屋があるって色んな意味で結構嬉しい。
今までは色々な偶然が重なってバレなかったが、伊作さんや食満が部屋にいる時にタイムリミットで湯飲みに戻るわけにはいかないし、有難い。緊急避難先にさせてもらおう。
中をざっと見たところ、くないや手裏剣があったためありがたく頂いた。中でも一番嬉しかったのは、木刀があったことかな。
前に若干触れた気がするが、俺は前世では何気に剣道をやっていた。竹刀ではないものの、使い慣れない忍具で戦うより戦いやすい。正直、身体能力を底上げしてもらったはいいが経験が追いついていないため、忍たまなら未だしもプロが敵になったらヤバいと思っていたから丁度いい。
他にも立花の言っていた通り着物とか色々あったけど…俺、着物はやっぱり伊作さんの着物がいいな。なんか愛着沸いてきてるし、デザイン的にも気に入ってるし。
ふと、背後から近付いてくる気配を感じた俺は鋭く相手を睨んだ。殺気出てるかな?出し方わからんけど。
「恒希さん、私です」
「何だお前か」
冷や汗かいてるくせに平静を装って立花が言うもんだから、俺は睨むのをやめた。
わかりやすく安堵の息を吐いたりせず、何事もなかったかのように俺に向き直る辺り、立花らしいなぁと俺はぼんやりと考えた。
「此処の話、知っていたんですか」
「偶然聞こえた。俺の部屋なんだろ?…で、報酬って何だよ」
まぁそこが怖いところですよね。どんな無理難題引っ掛けられるんだか。
「頼みがあります」
「ものによるな。これだけ揃えるには金かかっただろうし…時間がかからないことが前提だが」
そう、そこなんだよ。明らかにこの部屋のもの金かけられてるじゃん?となると、いくら俺が立花嫌いだといっても、ここまでしてもらったからには人としてそれ相応のお返しはせねばならん。
お前人じゃなくて湯飲みじゃんって突っ込みは今は要らないです。
「文次郎が気持ち悪いんです」
「…それ、作法委員で流行ってんのか?」
真顔で言った立花に、頬が引きつる。
気持ち悪いって、冗談でも結構傷つく言葉だからやめましょうよ。
「アイツの呪いもといてください、頼みます。天女の側に行く度に頬を赤らめる姿だけで吐きそうなんです」
「そっちかよ」
そこはあれだろ。普段の潮江らしくないから、あんな潮江は気持ち悪い。前の潮江がいい…って意味の気持ち悪いだろ。立花のそれじゃあ、もう元の潮江気持ち悪いって言ってるようなもんじゃねぇかよ。
…にしても、潮江ね。潮江と言えば、最後見たのがあんな、吐きそうなの堪えるような姿だったせいか、伊作さんの敵の中じゃあんまり嫌いな方じゃないんだよなぁ…。いや、嫌いだけどな?どんぐりの背比べだけどな?
「まぁ、やれるだけやってみるよ」
呆れ半分に、安請け合いと言えなくもない了承の返事をした。
さて、此処が伊作さん達の部屋の向かいの部屋とはいえ、余裕を持ってそろそろ行くかなと歩き出したら、そんな俺の背中に立花が声を掛けてきた。
「ヒーロー、慣れないことは疲れるでしょう?」
「訂正するの疲れてきたわ。…そりゃそうだろうな」
振り返ると、立花は苦笑していて…その顔は確かに笑ってるのに何故だか泣きそうに見えて、俺は軽口を叩きながらも神妙に返す。
「私も疲れたし、それが強制だったから最悪な気分でした。心が侵され、自分の主義と反することを勝手にやらされる」
ふと、いつしか聞いた潮江の評価と、モッチーが来る前に何度か伊作さんの部屋で見た印象を思い出した。――忍術学園一、ギンギンに忍者している忍たま。三禁を重んじ、常に自分にも他人にも厳粛。会計委員長、潮江文次郎。
「忍たまで一番苦しいのはきっとアイツです。頼みましたよ」
立花はそれだけ言うと、話は終わりだとばかりに早足で俺を追い越し、颯爽と部屋を出ていった。
作法委員って素直じゃない。