何年も一緒に過ごしてきた俺でも、三郎さんの素顔は随分と久しぶりに見た。
部屋に散らばったたくさんの顔、顔、顔…そいつらが三郎さんを裏切ったのかと思うと、全員殺してやりたくなる。
不破が迷いに迷って結果、天女との約束の時間に遅れそうになったため散乱したまま放置された着物も相まって、もう部屋は足の踏み場もない。
俺は食器の神様からもらった力で人間の姿となり、慣れない姿にふらつきながら不破が散らかしていった着物を適当に一枚羽織って紐で適当に止め、部屋の隅で泣く三郎さんに近寄った。
「三郎さん」
「だ、誰だ…?!」
忍者の卵らしく、ボロボロの状態でも瞬時に俺から距離をとりくないを構えた三郎さんに驚く。
「俺は、」
「曲者?私を殺しに来たの?」
「ちが…っ!俺はただ、」
「いいよ、別に。殺されても…もう、どうでもいい」
俺は唇を噛み締めた。唇をつたい、顎から着物に血が落ちる。不破なんて誰のかも知らない血に汚れた着物に慌ててしまえ。
俺は何か言おうとして、それをやめて三郎さんの身体を抱き締めた。あー…俺これ相当不審者。まぁいっか。
「っ何す、」
「俺が護ってあげるから」
「…ぇ?」
「誰からも、何からも、俺が三郎さんを護ってあげるから。そのために、俺はこうして此処にいるんだから」
目を丸くして俺を見る三郎さんに、その手のくないで刺されてもいいという想いで抱き締める力を強めた。もう三郎さんの顔は見えなくなった。
からん、とくないが床に落ちた音をどこか遠くで聞いているような気持ちになりながら、少しでも三郎さんの力になれたらとそれだけを切に願う。
「何で…?」
意味がわからないと震える声で聞かれ、俺は小さく笑う。
そりゃあね、初対面の男に抱き締められて護るって言われたって意味わかんねぇよ。むしろ俺ならキモいって一蹴するね。文字通り。
「俺の世界で一番大切な人が、貴方だからだよ」
最初は何度も割られそうになるし、生意気な餓鬼で、俺は三郎さんが嫌いだった。
それから一緒に過ごすうち、辛いときでも笑う姿を知って、一人で泣く姿を見て、三郎さんが顔を隠すようになって、やっと大切な仲間を見つけて、なのに失って、、
俺は全部見てきたよ。全部含めて貴方は俺のご主人で、何より大切な人だよ。
「貴方は、私をまだ必要としてくれる…?」
「もちろん。この世界の何より必要だ」
「私は、まだ生きていていい…?」
俺は三郎さんから身体を離し、抱き締める前よりぐちゃぐちゃになっている顔に笑いながら、揺れる瞳を見つめた。
「いいよ。生きてください」
俺がそう言った瞬間糸を切ったように倒れた三郎さんに、俺は慌てて抱き留めたが、ただ寝ているだけだとわかり安堵の息を吐いた。最近三郎さん、あんまり眠れていなかったからな。
俺は三郎さんをその場にゆっくりと下ろし、その頭を撫でる。それからその辺に散らばった不破の着物の一つを拾い、三郎さんの身体にかけた。
三郎さんの肩のところが血に染まっているのが見え、不破の着物はともかく三郎さんの着物まで汚すなんて、と顔が引きつった。顎の血を手で拭う。そういえば、人間の姿なら血は流れるんだな。
俺は横たわる三郎さんのそのあどけない寝顔に目を細め、机の上で元の湯飲みの姿に戻った。
少しだけ待っててください、御主人。
必ずや、俺が貴方の大切なもの、全部取り返してみせますから。
貴方を護りますから。
10000打リク@:もし湯飲み主が三郎の湯飲みだったら(舞様へ贈呈)