ああ、なんて爽やかな気分なんだろう。畳んである着物、綺麗な床、どこも破損していない部屋内。…素晴らしい。
そう、俺はやり遂げたのだ…!

と、余韻に浸るのはここまでにしよう。考えなきゃならないことは山ほどあるからな。

まずは、そうだな…。ああ、周りをよく見ながら走るようになって気づいたことでも纏めようか。
一つ、くのたまだと思われる桃色の装束の女の子が、走る俺をじっと見ていた。あの時はまだ忍たまの領域だったからくのたまがいる時点で違和感なのに、俺をじっと射抜くような視線。気になる。
二つ、よく考えれば当たり前なんだが、天女信仰派の奴等も途中で見かけた。だが攻撃してくる気配はなく、睨まれる程度だった。実力差があるとはいえ、不自然だ。これは今後一波乱ありそうだな。
三つ、前より落とし穴と蛸壺が増えた。原因不明。トラウマを思い出して怖いので勘弁してください。

…まぁ、他二つはいいとして、一つ目のくのたまのことが気になるんだよなぁ。
敵か、味方か。もしくは俺の正体を探ろうとしてるとか?まだ放っておいて大丈夫だろうか…今色々と余裕無いしなぁ。

部屋の襖が開けられ、見知った気配に俺は思考を中断させた。
伊作さん、おかえりー!

「…」

伊作さんはいつもの優しげな雰囲気が嘘のように、無表情で部屋に入ってきた。
…どうしよう。なんか、伊作さんの様子がおかしい。
鳥肌が立つような重い沈黙の中、伊作さんは俺の前に座った。俺、いや湯飲みの表面に映り込んだ自分の顔を見て、伊作さんは顔を歪める。

「…煩い」

伊作さん…?
伊作さんは何かを思い出すように低い声を出したと思ったら、次の瞬間には泣きそうな顔に変わった。

「男同士って、」

やっぱり気持ち悪いのかな?

消えそうなぐらい小さな声で言われたその続きに、俺は固まった。元から動けないとかそういう突っ込みは要らん。はは、現実逃避って楽しいなぁ。
俺ね、馬鹿だけど頭悪くは無いからその意味わかっちゃいますよ?伊作さん、好きな人できたんでしょ?それでその相手男なんでしょ?

誰だ!その伊作さんに想われていやがる幸せ野郎は…ッ!
やっぱいつも一緒にいる食満か?!アイツか!伊作さん確かに俺はアイツを見直したり同情したりしているが、それは駄目だ!

だって、アイツは、一度伊作さんを…っ!

「裏切った…ッ!!」


…うん?
驚愕の顔で此方を見ている伊作さんに俺は沈黙し、そろりと目線を下げた。

…手?人間?今、声出てた?え?

「な、恒希さん、なん、ええ?!」
「…」

目を見開き顔を赤くして俺から遠ざかる伊作さんに、俺はとりあえずなすすべもなく空笑いを浮かべた。
ごめん伊作さん、俺もよくわかってない。
何で俺、人間になってんの?!てか、俺裸じゃ…ない?あれ、服ちゃんと着てる。しかも前世で気に入ってた私服。どういうことだ?いや露出狂の変態だと思われなくて良かったけどね?

「あ、ああああの…!」
「な、何だ?」

意を決したように話し掛けられ、俺も動揺しながら返した。
まさか俺が人間になるとこ見ちゃいましたか?!

「聞いて、ましたか…?」

思ってもみなかった問いに、きょとんと伊作さんを見返す。また泣きそうな顔になっている伊作さんに、俺は瞬時に思考を巡らせた。

「心配しなくても、誰にも言わないから大丈夫だ」

言い触らされたら嫌だもんな!大丈夫!俺言わないし、言うにしてもそんな時間ないから!

「恒希、さんは、」

震える声で呼ばれた自分の名前に、意識を集中させた。
何だろう、やっぱりお前なんて信用できねぇよ、とかかな?正論だが傷つく。

「どう思いますか…?」

…男同士の恋愛についてですか?伊作さん、それを今嫉妬でメラメラしてる俺に聞いちゃいますか?
あーあ。応援とか、したくないなぁ。でも、なぁ。…こればっかりは、仕方ないか。

「いいんじゃないか?好きなら、好きで」

だって好きって気持ちは大切だ。うん、愛とは何より素晴らしいものだと俺は考えているよ?俺は伊作さんが大好きだから、伊作さんには何でもしてあげたいし何されてもいいし!

そんなことを考えていると、いつの間にか俺の姿は湯飲みに戻っていた。
って…!しまった!!伊作さんにバレ――

「全然見えなかった…。凄いなぁ」

――てない。何だかプロ忍の成せる技だと思っているらしい。相変わらず伊作さんは俺に優しい勘違いをしてくれるなぁ。
それにしても日に二回も変身したのに身体痛くないし…今の、何だったんだ?



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