部屋で俺が汚した畳の泥を拭ってくれていた伊作さんに、少し遅れて部屋に帰って来た食満は襖を開け放したまま数秒停止してからこう言った。
「伊作、今日は派手にやったな…」
「…うん」
やったのは自分じゃないのに、食満を見ずに苦笑しながら言った伊作さんにずっきゅんした。
伊作さんって何でこんなに格好いいんだろ。一言、あのよくわかんない八代とかいうのが汚したって言えばいいのに。着物が泥まみれだから犯人は俺だってわかってるだろうに。
……はっ!まさか、俺伊作さんに凄く怖い人だと思われてる?!だから報復が怖くて言うに言えないみたいな?!…まず初対面で大勢の忍たま上級生を一分もかけずに伸して、何故か伊作さんにプロ忍だと思われていて、敬語で話されてて、俺の言うことは妙によく聞いて、……完全に怖がられてる!
どうしよう、俺伊作さんの所有物なのにっ!御主人様を怖がらせるとか最悪じゃねぇか!もう俺生きてる意味あんの?あれ、俺って生きてる…?湯飲みって生物じゃない、よな。
…ま、まぁ、その分俺が伊作さんを助けられれば問題ないよなっ!別に俺、憎まれ役で全然いいし?いや泣いてないし。これ汗だし。表面に水滴つくのは湯飲みの宿命だし。
「一通り綺麗になったな」
「うん、ありがとう留さん」
俺が落ち込んでいる間に二人で掃除を終わらせてくれたらしい。なんかもう、本当にありがとうございます。
「伊作…前から思ってたんだけどよ、」
「ん?何?」
俺が泥だらけのぐちゃぐちゃにした着物を持っている、おそらく今から洗いに行ってくれるんだろう伊作さんに、食満が声をかけた。
「それ、八代さんの着物だよな…?何でそれをお前が洗ってるんだ?」
「ううん、僕の着物だよ?」
「は?じゃあ何で八代さんが毎回着てるんだよ」
…デスヨネー。なんか当たり前のように毎度毎度伊作さんのを借りて脱ぎ捨てて洗ってもらってまた借りてを繰り返してたけど、おかしいよな。まず勝手に着物借りられた伊作さんが突っ込むべきことだよなそれ。
「恒希さん、きっと仕事でこの学園に来て、そのついでに僕達の問題にも手を貸してくれてるでしょ?」
「ああ、だろうな」
「恒希さんの仕事は、普通の着物を持ち歩くようなものじゃないし、むしろそんなの持ち歩いてたら邪魔なぐらい大変なものなんだよ。だから、忙しい時間を縫って着替えてまで助けてくれてるんだ」
…?ごめん、伊作さん。馬鹿な俺にはいまいち理解できなかった。えっとー…つまりどういうこと?
まず、プロの俺が仕事で忍術学園に来ているものだと思われてる。これはわかった。
次に着物を持ち歩くのも大変な仕事だから、俺は着物を持ち歩いてない。なんとなくわかった。
何故にその俺はわざわざ着替えるの…?
「それほど装束が血塗れってことか…」
「忍装束で何処の城の忍かバレないようにするためかもよ?」
…成る程ー。流石は現役の忍たまなお二方。勉強になりました。
「命を助けてもらっている僕が着物を貸すのは当然でしょ?」
「…まぁ、伊作は喜んで貸してるし問題ねぇか」
「うん」
まったくの検討違いかつ、非常に俺に優しい勘違いをしてくれている伊作さんに、若干良心が痛んだ。
…俺、全部終わったら伊作さんに自分が湯飲みだって言おうかな。信じてもらえるもらえない置いといても、言いたいな。それでいつもありがとう、大好きって言う。決めた。俺絶対言う。
「お前は本当に八代さんが好きだな」
「うん、もちろん大好きだよ!」
先に言われた。恥ずか死ぬ。