すぐさま俺を退け攻撃に転じようとしたのがわかる七松の獣に似た攻撃的な目は、恐らく俺を俺だと気づいた瞬間そのなりを潜めた。
「私が捜してたのは、アンタだ」
交わり合った視線に敵意は感じなかった。かと言って油断する気は毛頭無いが、一先ず拳より口で話し合うべく捕らえていたその身体を解放する。
「躾のなってないわんちゃんが俺にどんな御用だい?」
話し合うと言ったわりに言葉が完全に煽るような刺々しさなのは、俺が七松をあくまで嫌いだからだ。ご愛嬌という事にして頂きたい。
「頼みがあるんだ!」
「あ?お前、俺にものを頼める立場だとでも?」
苛々はするものの、元からの七松の性格は多少なりわかっているつもりだし、様子から段々逆ハー補正が薄まっているのは感じていたから俺は会話を続けた。
しかし俺のそんな気持ちを無視するように、七松は自分が発する言葉しか聞こえていないのか懐から取り出したくないを構えた。
「私と戦って!!」
この子の中に理性は存在していないんですかねぇ?
俺に返事の隙さえ与えず頼み(強制)の内容を叫んだ七松が向かって来たのを、ギリギリまで引きつけてかわし、相手の勢いを利用してそのまま腹に拳をぶち込んだ。
「ッ痛ぇ!どんな腹筋してやがんだこのわんころ!!」
なんか俺までダメージを受けた。岩のようとまでは言わないが、足なら未だしも手で殴ったのが失敗だった。
咳き込んでいる七松にも効きはしたんだろうが、俺はこんな肉を切らせて骨を断つみたいな戦法嫌です!もう絶対鍛えられない股間とか狙ってやろうか、再起不能にしてやろうか?!
「はぁ、はぁ…避けたの、見えなかった」
腹を抑え背中を丸めて下を向いていた七松がぽつりと溢した声は、今にも泣きそうに震えていた。
…ふーん。
「前なら、きっと見えてた。っ見えてたのに…!」
「言っとくが、モッチーのせいにすんなよ?」
「…わかってる」
私が馬鹿だっただけだ。
小さな声はけれど部屋の中によく響いて、俺が七松へ感じていた気持ちもかなり白けてしまった。
「恒希さん、ごめんなさい」
「は?何に対して」
「無理やり戦ってもらって。それにこの前も、怪我させて」
俺は大きくため息を吐いた。
どうやら俺は知らない間に随分と、御主人様に似たらしい。前世の頃はこうじゃなかった。たった一人それだけで、そしてそれはあっちも同じで…。?…俺は今、誰の事を思い出したんだろう。
いや、今はとにかく七松だろう。この変身がいつ解けるかは未だにちゃんとわかってない。
「それは俺より伊作君に言っとけ。ちゃんと土下座しろよ、土下座!…俺にお前が言うべきは、ありがとうだ」
俺は俺にされた事には全然怒らない部類の人間だ。だからごめんなさいよりありがとうを言え。
ごめんなさいをされても、どうせ俺は伊作さんの件に関してはお前を赦せないんだし。
「わかった!恒希さん、ありがとう!」
「いや、そこはありがとうございますだろうが」
素直なのはいい事だが、お前敬語はどうした、敬語は?!教師相手にはお前ちゃんと敬語使えてただろ確か?!何、俺そんな敬えない相手に見られてんの?!
「あ、ありがとうございます」
俺の不穏な空気に気づいたらしい七松が少々怯えたような顔で訂正したので、俺はよしよしそれでいいと満足の笑みで頷いた。
下級生やかわいい女の子なら見逃すが、お兄さん上級生にはびしばし行くからな。
「じゃ、お前責任取ってこの部屋ちゃんと片付けろよ。俺帰るから」
七松の突然の俺への奇襲により荒れた部屋内を見て言いつけ、俺は即座に直立前転の要領で片手のみを七松の左について上体を丸めながらその後ろに回り込み、七松に振り返られる前、着地と同時に湯飲みへと戻った。何だかんだこっちの変身からの戻るタイミングもそこそこ調整出来るようになって来たかも。