歩く事10秒。
前世でインフルこじらせた時のような頭と身体の状態。つまりは朦朧。意識混濁。

「…恒希、さん?なんか、手が熱…え、酷い汗じゃないですか?!どうしたんですか?!」

耳から顎を伝って落ちる汗が、妙に冷たくて気持ちが悪い。繋いでいた手を離し、通せんぼするように俺の前へと回った顔いっぱいに心配です、と書いてあるモッチーを見てへらりと笑った。

「モッチー、何も聞かず何も言わずに俺のお願い聞いてくれないかな?」
「…っはい、わかりました」

いきなり明らかに様子のおかしい俺のお願いを二の句も無く聞いてくれる…本当に優しい子だ。とても。
…大丈夫、俺はまだ死なない。第六感がそう言っているから。

「後ろ向いて」
「はい」

素早く俺の指示に従ってくれたモッチーに、小さく笑った。いい子だ、なぁ…幸せになればいい…誰か、幸せにしてくれればいい。

「俺はもう行くけど、此処に湯飲みを置いて行くから…しばらく預かっていて欲しいんだ」
「湯飲み…はい、大切なものなんですね」
「うん。凄く壊れやすいから、気をつけて持ち運んで。いきなりごめん、よろしくな」

俺は伊作さんの湯飲みだから、君の誰かにはなれないけど。
俺が湯飲みに戻ると全身が軋んで痛んだが、やはり割れる事は無かった。モッチーは俺が居なくなった事に気づいてるだろうに、しばらく振り返る事無くその場で俺に背を向けたまま立ち竦んでいた。

「っ、お礼を言うのは、私ですよ」

地面に出来る染みを見つめながら、俺は静かに俺が聞いていなかったはずの言葉に聞き耳を立てた。

「信じてくれて、っ、ありがとう」

振り返ったモッチーは泣いていたけど笑顔だった。
こんなに優しい子を信じるなんて当たり前の事なのに、それが当たり前じゃなかった事がおかしかっただけなのに。モッチーは俺を大切に、硝子細工でも扱うように両手で優しく優しく抱き上げると、またしばらく静かに涙を流していた。


「私も、信じたい。もう一度だけ信じたい…」

涙が止まった頃、モッチーは決意したような顔で前を見た。それは、俺が初めて見たちゃんと前を向いている彼女の顔だ。

「怖いけど頑張るから…結果がどうなっても、次に会ったら笑ってね。頑張ったなって。そしたら今度こそ…それ以上望まないから」

そんなのはお安い御用だけど…願わくばそんな事をしなくても幸せになれる結末になりますように。神様。


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