この世界にも複雑な事に慣れてしまった私は、前の世界で不本意ながらいつも家事をやっていて良かったと思う程度には忍術学園でそれなりに仕事をこなしていた。
最初の頃はただ料理を作っただけ、掃除をしただけ、洗濯をしただけでお礼を言われる事にも驚きむず痒い気持ちになったけど、今では普通そういうものらしいと少し納得した。
どこまでが私への好意からなのか、わからなくて素直に喜べない。

最近、恒希さんには会えない。恒希さんと出会えた事が私のこの世界に来て唯一幸せな事なのにな。
落乱の皆に出会えた事も嬉しかったけど…あまりにも、マイナス面が大き過ぎたから。

「望月さん!」
「…また君なの」
「すみません、また僕です!」

裏も何も読み取れるわけが無いような笑顔で言われて、私はため息を吐いた。

「手伝いましょうか?」
「やめて。これは私の仕事だから」
「望月さんはそう言うと思いました」

この子に、私の何が解るんだろう。
知って欲しいわけじゃないけど、何も知らない癖に知ったような口をきくから、苛々する。所詮、逆ハー補正なんていう偽物の感情で私に近づいて来るだけだって事、とっくに知ってる。
私は仕事として食事の用意をしていた手を止め、彼を冷たい目で見た。

「私、君の事好きじゃない」
「…知ってます、恒希さんが好きなんですよね。僕から見てもあの人は格好良くて、正直敵う気はしないなぁ」

驚いた。
私を好きなんて事を言う人達の中に恒希さんを嫌わない人なんて今までいなかったから。ましてや、そんな認めるような、憧れるような事言うなんて。しかも、この子が。

「…なら、好きとか言うのやめてよ」

私はそれでも、突き放す言葉しか言えない。
それが、私なりの誠意だ。私は一度だって偽物の愛を望まなかったけど、私に責任が無いなんて言うつもりも無いから。
私が居なかったら、それは一番幸せな事だったんだから。

…あはは、もう、本当、嫌になる。何処に行っても私は要らない人間だ。不必要。人を不幸にしか出来ない。

「どうやったら、信じてくれますか?」
「どうやっても信じないよ」

もう裏切られるのには疲れたから。
私はまた、料理を再開する。大量の人参を等間隔に切っていく私の横で、それでも彼は動かない。
ああ、私が何を言ってもどんなに最低な事をしても、好きなのか。そうか。そういうものなのか。

「僕は、望月さんが好きです。最初は漠然としてて、僕自身どこが好きかわからなったけど、今ははっきりわかります」

勝手に話し出した彼を無視して、私は大量の人参を切り終え次の大量の大根を切る作業へと移る。
とても、どうでもよかった。

「僕、望月さんの笑顔が好きです。悔しいけど、恒希さんに向けるあの本物の笑顔が」

手を止めた。いや、気づけば止まっていた。

「僕が望月さんをあの笑顔に出来たら、あの笑顔を向けられたら、とても幸せだと思ったんです」

何、何言ってるの、この子。
偽物でしょう?君も、感情操作されて神様に踊らされてるだけでしょう?

なんで、私の笑顔が偽物だって気づくの。誰も気づかなかったのに。
ヒーロー以外、誰も。

「本当に好きだったら、気づきますよ」

何も言ってないのに、感情を察しられた。
そんなの、今までされたのはやっぱりヒーローだけ。みんなの、ヒーローだけだったのに。
本当に好き?嘘吐き。嘘だよ、知ってるよ。

「嘘吐き。もっとよく考えて、周り見なよ。君、今迷子なだけだよ」

君は、本当によく迷子になる。でも大丈夫、君は私と違って周りにたくさんの仲間が居るから。手を引いてくれる友達が居るから。一緒に歩んでくれる、優しい、

「僕はよく迷子になるけど、進退を疑わない男なんですよ」

笑った彼に、私は気づけば泣きそうで。

「…知ってる」

無意識に近く、いつの間にかそう答えていた。
そんなの、ずっと前から識ってる。見てきた。空想の世界の中で私は神崎左門のそういうところ、識ってる。

それは私にも解る確かな真実だった。


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