「あ!…あ?……ああ」
見知ったオーラに顔を上げ、それから予想外の姿に眉間に皺を寄せ、思考を巡らせ納得したまでの流れが今の私の台詞である。
「キルア君、ごめんちょっと知り合い見つけた。また後でね」
「おー」
キルア君にも相手の名前は一応言わない方がいいと判断して知り合いとだけ言い、私はキルア君の元を離れ、たった今来た彼の元へ向かった。
「それ、どうにかならないの?」
三メートルは離れた距離から、第一声で暗に酷い変装を指して嫌な顔を隠しもせず非難した。イルミ君は元が死んだ目どころか闇に沈んだ目であっても美麗な顔立ちの癖に、顔中に刺さった鋲と胡乱な目、よだれをたらしていてそもそも顔の造形が変わっていれば全ては台無し突き抜け大マイナスだ。
イルミ君はカタカタと言いながら私を見る。うわ、間近で見るとよりキツい。私は思わず、元々近くなかった距離をさらに三歩余分に取った。
そんな私を見たイルミ君が徐に指を立てたので、速やかに凝をする。
「…ん。了解、ギタラクル。私も試験の間はブルーって呼んで。そういえば弟君に会ったけど彼にも内緒?」
一見カタカタ言うだけで微動だにしていないイルミ君だけど、念で書かれた文字が変わる。もう一度了解と呟いて背を向けた。普段のイルミ君ならともかく、このギタラクルと仲良しとは正直思われたくない。
……会場中の視線からしてどう考えても手遅れな気はするけど。そうだよね、あれで意思疎通出来てた時点で私も仲間扱いだよね…ヒソカとも話しちゃったしね…私悪くないのに周りの人のせいでどんどん変人に仕立てられて行く。悲しい。
キルア君の所に戻ろうかなと歩いていると、ふと、視線を感じた。そしてこの視線を私は知っていると感じた。恐る恐る、視線の方向を見る。
目が合ったのは頭に包帯を巻いた黒髪の好青年だった。歳は…私と同じぐらいだろうか?念能力者だ。しかもかなり強い。
……見覚えは、無い。おかしいな。確かに知っていると感じたのに。
「こんにちは」
「…こんにちは?」
私が自分の中の齟齬にもやもやしていると好青年に話し掛けられた。よく考えたら彼は私を見ていたんだし私も視線を返したんだから当然の流れかもしれない。
この好青年、一見だけなら別にそこまでも関わり合いになりたくないとまでは思わない。というか思わせないように計算されている気さえする完璧さだ。でもオーラがちょっと…これは、戦ったらたぶん負ける。私の発はそもそも対頭脳タイプとは相性が悪い。この人それっぽいし、隙は見せられない。
「少しオレと話さない?」
「えー…あー、はい」
断り文句が浮かばなかったせいで了承してしまった。私に、もっとスマートかつ的確にお断り出来るコミュ力があれば…。
「あのさ、前に会った事ある?」
「…たぶん無い、ですね」
最初の直感が引っ掛かりはするけど、これだけ容姿の優れた人物に会った事があるなら流石に覚えているはずだと否定した。
「そっか。名前は?」
「ブルーです。アナタは?」
「マゼンタだ」
やっぱり敵に回したくない人だ。恐らく私が本名を言っていないと気づいて、同じ色の種類の名前の中で瞬時に偽名を考えたんだろう。わざわざ色のチョイスがマゼンタというそこまでメジャーじゃない色なのも何か意味があるのかも。全然わからないけど。
頭の回転の早い男…か。厄介な。
「ブルー、あなたは今何歳?」
とても自然に、気軽に、親し気な笑みと共に聞かれたその質問は、それでもどこか引っかかった。何に違和感を感じているのかもわからなかったけど。
「二十歳前後、かな」
「ふーん」
一瞬、瞬きをしている間に消えた彼のその表情は、酷く嬉しそうだった。見間違いかとも思う程の時間だったけど、その小さな子どもが宝物を見つけたような表情が私の想像な訳がない。実際に見ない限り、目の前の冷静で知的なマゼンタ青年がそんな表情をするなんて想像は出来なかった。
まさか同い年ぐらいだから喜んだだけなんて事はないだろう。でも流れから考えるとやっぱり私のあの曖昧な解答に喜んだとしか…。うーん、謎な人だ。
「じゃあ、だいたい同年代だね」
「…そうですか」
試験が始まるまでの時間はどんどん潰れて行っている。まったく、全然、ちっとも嬉しくないけど。