そういえば、サイタマさんの住んでいるアパートは今や家賃がタダ同然らしい。
不思議よね…結構いい所だと思うのだけど、このアパートの住人って隣のおじいちゃんと…あら、あのおじいちゃんしかそういえば会った事な…ま、まぁ偶々よね。二年前ぐらいから引っ越しの話は聞いても出て行く側しか聞いた事ないなんて…偶々よ、偶々。
「職場から近かったら私も此処に住みたかったなぁ」
「っごほ!ごほごほ!」
「サ、サイタマさん大丈夫?!」
いきなり噎せたサイタマさんに、すぐお茶の入った湯呑みを差し出す。サイタマさんは受け取ると、流し込むようにお茶を飲んだ。
「俺を殺しかけられるのは、今の所スミレだけだな」
「え?!私何かしました?!」
そ、そんなサイタマさんを殺めるなんて、それこそ私死んでもしたくないのに…!
私がわたわたと自分の何がいけなかったのか考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
…。
「サイタマさん?出ないんですか?私出ましょうか…?」
「いや!いや、たぶん俺の想像してる奴だから出なくて問題無い。大丈夫!」
「はぁ」
嫌いな人なのかしら。
言われるがまま立ちかけた態勢を元に戻す。何故かサイタマさんは汗をかいていた。今日は熱くないと思うのだけど…?
少しするとまたチャイムが鳴った。
「先生、いらっしゃいませんか?」
外からそんな大きな声がした。声はまだ若い男のもの。
「先生…?」
「いや、は、はは、家間違いかもしれないな!ほら隣のじじいの知り合いじゃないか?!」
「じゃあ教えてあげないと…」
また立ちかけた私は、目でも追えない私からすれば瞬間移動したとしか思えない早さで私の後ろに回ったサイタマさんによって、無理やり座り直させられた。
「俺の家からスミレが出たら余計ややこしくなるから…っ!!」
「はぁ」
よくわからないけどサイタマさんの危機迫る表情に、もしかしたらサイタマさんは今何か大変な事件に巻き込まれているのかもしれない、と大人しく座っている事にした。
私達が静かになると、また外から声が聞こえてきた。
「お兄さん、隣のご夫婦のご子息かね?」
「はい?いえ、俺は、」
「いつの間にこんなに大きな子を…まったく教えてくれても良かろうに、」
…。
「サイタマさん、既にややこしい事になってるみたいです」
「ああ、このままだと色々おかしくなる。俺はちょっと出て来るから、スミレは頼むから絶対!何があっても!此処を動くなよ」
「…はい、わかりました。お気をつけて」
「おう」
私によく言い聞かせると、サイタマさんはどたどたとリビングを出て廊下へ駆けて行った。
…うー、怪人相手に戦いに行くなら笑顔で何の心配も無しに送れるのに。もどかしい。
「あ、先生!先生いつの間に結婚していらしたんですか?!」
…。距離が、そんなに無いから会話が筒抜け、だ。
先生って勘違いじゃなくて、やっぱりサイタマさんの事だったの…?
「じじいのボケ間に受けてんじゃねぇえええ!!」
「…ではお爺さんは女の人の幻覚までも…これは早く病院に行くよう教えた方が良さそうですね」
「いや、それは……んな事よりジェノス、今日俺は非常に忙しいから帰れ」
ジェノスさん…?なんか、仲良さそうだな…。でもサイタマさん、私の事は何も言ってくれないし、ジェノスさんの事も何も教えてくれないんだ…。
なんか、やだな。サイタマさんの事責めたい訳じゃないのに、今の私凄く…いや。
「俺に出来る事でしたら手伝いますよ」
「無理。お前じゃ無理。むしろ邪魔にしかならない」
「そうですか…」
私に会わせたく無いから、追い返すんですか…?
私は他の人には紹介出来ないような、恥ずかしい友達ですか…?
「では、先生なら心配するのも愚考でしょうが頑張ってください」
「ああ、じゃあな」
ぱたん。ドアが閉まる音がする。
ああ、どうしよう今の私の顔きっと凄くわかりやすい。聞き耳立てたくて、聞いてたわけじゃないんですよ。笑え、笑え。
歪だろう笑みを作って、戻って来たサイタマさんを迎えた。
サイタマさんが目を見開く。
「何で涙目?!」
せめて友達としての愛は欲しいよ
今度ジェノス君を紹介してもらえる事になりました。