アヤメさんの家に何故か僕より前に立ち入ろうとした三郎は、家の扉を開けるなりいきなり悲鳴を上げた。
どうしたのかと僕も中を覗き込む前に、三郎は瞬時に扉を閉じると封鎖するように扉に背を向け真っ赤な顔で僕の顔を戸惑った顔で見てきた。

「ら、雷蔵…帰ろうか」
「はい?」

謎の赤面をしている三郎は、面の顔は薄っすらと赤い程度だけど耳が真っ赤なので変装のせいじゃないのはよく分かる。
どう考えても中の何かを見たせいで赤面してまた帰るなんて言い出したんだろうけど…うーん…。

「着替え中だったとか?」
「そうそう、そういう感じのアレなんだ、だから悪いだろ?さぁ帰ろう」
「待てばいいだけじゃない」
「ダメ!!待ってたら出て来ちゃ…いや、出て来ないのか…?それはそれでつまり泊ま…どっちにしろ良くない!これはあまり雷蔵にとって良くない世界だ!」
「何の話さ…」

面倒臭いなぁと思っていたら、扉が開き三郎は背中を打って前につんのめった。

「ああ、雷蔵君も居たんだね」

三郎の体に止められて中途半端に開いた扉からアヤメさんが顔を出し優しく目を細めた。
…確かにおかしな所はあるけど、やっぱり悪い人には見えないんだよね。

と、そんな事を思っていると中から強面だけど格好良い強そうなお兄さんが出て来た。…え?こ、恋人?!

「あーさっきの子供か。ありゃただの治療だから気にしねぇ方がいい」

お兄さんは三郎に向けて気怠げに手をひらひらした。治療…?
ああ、アヤメさんは医者なんだった。僕もその縁で再会出来たのに、つい忘れそうになる。

「…そもそも、アヤメの人との距離の取り方はおかしいからな。一々気にしていたらキリがねぇぞ」
「それは確かに」

僕は頷く。無警戒に色々と際どい事をするのは本当にやめた方がいいと思う。…この人相手なら、いくらアヤメさんでも力負けしちゃうんじゃ…いや、アヤメさんに限ってそんな事は…でも、けど、うーん…。

「昔からそんなの言われた事無かったのになぁ」
「どんな環境だよ。思い出せ、あるだろ」
「そうは言われてもな…」

二人の親し気な様子に、僕の気分が落ち込んで行く。
二人の年齢はたぶん近いし、遠慮の無い関係なんだと思う。僕は、ついこの前ただ患者として知り合っただけだ。嫌だな、このうじうじした思考。

「ああ、周りから見て近過ぎとはよく言われたな…私も彼も気にしていなさそうだったが」
「あ?恋人か?」
「それ、よく聞かれたな」

アヤメさんは懐かしむようにくすぐったそうに、凄く凄く嬉しそうに笑ってから首を横に振った。
その人はきっと壁の文字と関係ある人だと直感的にわかった。


「彼と私の関係に、名前なんてついていなかったよ」

その言葉は、ただ黙って二人の会話を聞いていた僕の胸に、何故か重く鉛のように残った。

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