正直、三郎のうわぁマジかよという視線を感じながら急ぐ帰り道の沈黙は辛かった。いや、沈黙だったのは三郎が何か言おうとする度後でと怒鳴る僕のせいなんだけど。
一心不乱に急いだかいあってか、思ったより早く忍術学園に帰って来る事が出来た。
「で、何処に惚れたんだ?」
二人揃って帰って来てからの三郎の第一声はそれで、僕は諦めのため息を吐いた。
「知らないよ。好きかも微妙だし。…ただ、」
「ただ?」
「また会いたいなと、思っただけ」
アヤメさんの笑顔を見るともやもやして、これが恋かその前の興味か、もしくはまったく別のものなのかは解らないけど。
「ふむふむ、私としてもその純愛物語の序章みたいな話を応援はしたいところなんだけど、ちょっとそうもいかないんだよなぁ」
「は?」
え、何それ。
「まさか三郎もアヤメさんを、」
「違う!」
ちょっと顔を赤くしながら即否定した三郎を、僕はジト目で見る。
「いや、本当に!それが全てとは言わないけど、初対面の印象ってやっぱり大事だし!」
「初対面?」
「あー…だから、ほらアヤメさんの家の壁の文字。アヤメさんはアレを愛って言ったけど、見たことない文字だったし…本当に愛だったとしても、異常だろ」
その言葉に、僕は言い返せなかった。
だって僕も目を開けて最初に見た天井が黒い意味に気づいたその瞬間は戦慄したから。
「あの人相当強いし、持ってた得物も特殊で…妙に殺傷能力は高そうだったし。話したら確かに普通の人のようには感じたけど…私は正直、医療関連以外で今後わざわざ関わり合いたいと思わないよ」
僕は黙って三郎の話が終わったのを聞き届け、それから三郎の前に手を出した。
「え、何?握手?」
「何ふざけてんの。早く出して、アヤメさんのきな粉餅」
「う、うん…それ何するの?」
「食べないんでしょ?」
「食べないけど…」
言葉を濁し、惜しいという顔で此方を見てくる三郎に、僕は受け取った三郎の分のきな粉餅の包を開き、一気に口に入れた。
「ちょ、雷蔵ぉおおお?!それ、毒入ってたらどうすんの?!」
「はひっへふはへはひひゃふ」
「何言ってるかわからない!!」
僕はきな粉餅を十分味わった後に飲み込んだ。アヤメさんお手製のそれは思った以上に美味しかった。
「あの場で簡単に僕達を殺せたアヤメさんがわざわざ毒なんて盛るわけ無いでしょ?」
「いや、でも一応…」
「だいたい、あの人は生かす人なんだから」
その言葉は、我ながら信憑性が無かったけど。
三郎を押し倒したその動きは、完全に何度の修羅場も乗り越えて来た戦慣れしたプロの動きだったから。
「何処に惚れたんだよ…」
再度問われた質問に、僕は少し考えてから口を開く。
「解らない。一目惚れだったのかも」
初恋は死神、なんて面白いね。