吐き気がする。
均衡を崩したのが天女でも、それを責める権利が僕に無いことに。

僕はふらふらと池に向かう。最近ではもう習慣だった。
早く皆に好きって言わなきゃ、でも土井先生での実験ちゃんと見届けてからじゃなきゃ、不安、だし。あーふらふらする。

「渡一?」
「あ、土井先生ー」

ちょうどいい所で会えた。でも授業中だったらしく、一年は組の子達がいっぱい。

「雨乃森渡一先輩は本当に土井先生と交際中なんですかぁ?」

僕は数回瞬きし、きょとんと一年は組という塊を見る。…わぁ、皆にこにこしてる。

「雨乃森先輩は土井先生好きですか?土井先生はどうですか?」
「土井先生は聞かなくてもわかるよ。ね!」
「「うんうん」」
「雨乃森先輩はナメさん好きですかぁ?」
「それ今関係ねぇだろ」
「あるよぉ!だって雨乃森先輩が土井先生のお嫁さんになって、ナメさん嫌いならやだもんっ!」
「え、雨乃森先輩お嫁さんなのー?」
「違うだろ」
「じゃあ土井先生がお嫁さん?」
「土井先生女装するの?」
「二人とも男だから二人ともお婿さんだよ。それに結婚は出来ない」
「庄ちゃんったら冷静ね」
「雨乃森先輩、そういえば女の人嫌いって本当ですかー?」

あ、何かさらに目眩が…。

「…付き合ってはなくて、土井先生は好き、女は――」

最初はくだらない嫉妬だった。一番の仲良しが、女に惚れたら僕を二の次にしたのが許せなくて。
次は苛立ち。勝手に好きになって勝手に僕を責め、後を濁して去っていくから。きっと単純に、僕は女運が悪かったのだろう。
最後のとどめは当然天女。この理由は割愛しよう、今まで散々言ってきた。

「さぁ、どうだろうね」

嫌い、だけど一年生相手にはっきりとは言いません。僕だって四年生だからね。

「…渡一、ちょっといいか?」
「わぁ!逢い引きだぁ!」
「馬鹿!ここはこっそり立ち去るのが大人って奴だろ」
「僕達まだ大人じゃないよ?」
「いいから、こっそり消える!」
「失礼しまぁす!」
「しんべヱ、声が大きい!」

…うん、さすが一年は組の良い子達。丸聞こえだ。それこそこっそり聞かれないだけいいけど。

「それで何ですか、土井先生?」
「…渡一は、本当に私を好きなわけではないだろう?」
「どうでしょう?」
「渡一、お前は若い。まだ真っ当に恋愛してもいいはずだ」

真っ当に恋愛…?それ、どうやってやるんですか?

「先生が教えてよ」

あーバッカみたい。何で僕こんな事してるんだっけ。何で好きには種類があるんだろう。
何で、僕は好きって言っちゃいけないんだろう。

「…渡一、悪いが私には心に決めた女性が居るんだ」

嘘吐き、少し前まで僕にあんな顔してたくせに。ねぇ、その相手って天女?……嘘吐き。

「そうですか」

実験は成功だ。
やっぱり、やっぱり僕が好きと言ったら駄目なんじゃないか。うん、そんなの知ってた。

「じゃあ僕、失礼しますね」

笑顔でその場を立ち去る。向かうのは最初の目的地。
だって予行練習は完璧にしなきゃ。

何で僕がこんな事をしているか?答えは簡単だ。



全部終わったら死んでいいよね。
嫌い、嫌い、つまり嫌い。呪文のように、呪いのように、今日も脳内で呟いた。



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