目を覚ましたら、見慣れた保健室の光景が広がっていた。身体を起こす。
「あ、雨乃森先輩!もう大丈夫なんですか?」
たたっと駆け寄って来た猪名寺に、僕はやっと何故僕が此処に居るのかわかった。
「あー…僕、ぶっ倒れたの?」
「はい、過呼吸だったようで。伊作先輩が診られましたが、たぶん精神的なものだと仰っていました」
「…だろうね」
そういえば、僕が善法寺先輩と最初に話したのも、自ら志願して保健委員に入ったのも、そもそも僕の過呼吸が原因だっけ。
「その善法寺先輩は?」
「あ、もうすぐ帰ってきますよ」
「ふーん」
じゃあ、早く行かなきゃ。
僕が布団から起き上がると、猪名寺がわたわたと慌て始めた。
「雨乃森先輩、まだ寝てなきゃ駄目ですよ!」
「僕の場合寝ててもしょうがないし、いいの」
猪名寺の制止の声を無視して、僕は医務室を出た――瞬間、緑色。
あ、嫌な予感。
「渡一?」
顔を上げるとやっぱり善法寺先輩が居て、僕は二歩後ろに下がって頭を下げた。
「お世話になったようで、すみません。ありがとうございました」
「もう大丈夫なの?」
「はい」
それだけ言って、僕はまたすたすたと歩き出した。
「渡一…っ!」
後ろから声を掛けられた。振り返った僕は、伊作先輩の表情に目を見開いた。
「今、幸せ…?」
何でそんな寂しそうに…アンタが、聞くんだよ。
「さぁ、どうでしょう」
いつものように、笑顔で答えてさっさと立ち去る。
幸せになり方がまず、わからないですよ。
五秒程歩いた所で、またいきなり後ろに腕を引かれ、僕は嫌な顔をするのを何とか堪えて振り返った。
「…って、猪名寺か。どうしたのさ」
「雨乃森先輩は、土井先生が好きなんですか?」
「うん、好きだよ?」
いきなりの質問に驚いたけど、すぐにそういえば猪名寺の担任は土井先生だったかと納得し、笑顔で答えた。
でも、猪名寺の方は納得してくれていないように唸った後、無邪気に口を開く。
「じゃあ、一番は?」
…僕の、一番?
「内緒」
言えなかった。…だってそんなの居ないんだから仕方ない。
僕の一番好きな人はつまり、僕の一番嫌いな人だから。