僕と土井先生が付き合い始めた、という噂は驚く程早く学園に広がった。
あれ、でも善法寺先輩との噂も回ったままじゃない?その辺どうなの?

「渡一がわからない」

四年長屋で田村とお茶をしていると、隣でぽつりと呟かれた。
内容が内容な為、僕は田村を見て顔をしかめる。

「何さ」
「渡一は、男とは付き合わないと言ってたのに」
「…」

確かに、僕は男色じゃない。でも女は嫌い。

「あのさー、勝手に噂真に受けないでもらえない?」
「…え、あ、付き合ってない、のか?」
「付き合ってはない」

だって土井先生、そういう話しなかったし?てか、明確にしちゃったら立場上困るだろうから、聞かなかったんだよ。僕のなけなしの優しさ。

「"は"って…」
「覚悟決めたの」
「何の」
「てか、疲れただけ」
「…その話し方、喜八郎にしか通じないからな」

田村がため息を吐いた瞬間、視界がぶれた。次いで頬に痛み。
顔を上げれば、肩で息をした綾部が僕を睨んでいた。

「聞いてた!」
「喜八郎、何やってんだ?!うわ、渡一大丈夫か?!」

僕は田村に言葉を返すこともなく、無言で綾部を見る。っ痛ぇなこの野郎。

「渡一が悪いっ!」

頭に血が昇る。

僕が悪い?何が?どれが?全部?…ざけんなよ。

「煩ぇなッ!んなもん、」

珍しく声を荒げて怒鳴る僕に、辺りが静まり返った。この辺に居るのは当然四年生ばかりだけど。
だって、仕方ないじゃないか。だって、だってだってだってだって――

「知ってる」

そんな当たり前の事を、わざわざ口にすんなよ。
僕が悪いのなんて知ってんだよ。
皆が僕を好きなのはただの事実で、それは僕が望んだわけでもないのに、当たり前の顔して僕に絶望を与えた。

ああ、ぁああ、あ。

「…渡一?」

答える事も出来ず、浅く呼吸を繰り返す。やば、過呼吸。

「っ…はっ!た、」

助けて、って言おうとして言えなかった。だって誰が助けてくれるの?
善法寺先輩は、もう助けてくれないよ?じゃあ土井先生?ううん、あの人は皆と一緒。なら、誰?

滝?

「っ…あ、はは」

息苦しいくせに、笑うのを止められなかった。あ、絶対今の僕気持ち悪い。
一番僕に絶望させた奴の名前浮かべるなんて、僕って馬鹿だな。ああ…。

滝は死んだよ。死んだ。僕が殺した。

――滝は、もう僕を助けてはくれないよ。



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