「渡一!」
「あ、滝。何?」
僕が部屋で胡座をかきながら忍び刀の手入れをしていると、いきなり襖を開けられた。コイツ、遂に常識まで消し飛んだのか。
「っ…!」
「いや、何だよ」
そう言えば、うっかり前みたいに名前で呼んでしまった。まぁ、別に呼び方なんてどうでもいいか。
真っ赤な滝を心中鬱陶しく思いながらさっさと用件話せよと視線を送る。
「お、お前、前善法寺先輩と付き合ってたって…?!」
「ざけんな」
何処情報だよ、あり得ねぇよ。
僕がいらいらと言い放てば、滝はきょとんと僕を見た。その視線に舌打ちを堪えてから口を開く。
「事実無根!あり得ない!」
「…あ、そ、そうか。でも、」
「何だよ」
「いや…そういえば、渡一が口に出して好きと言うのは善法寺先輩だけだっ――」
ひゅん。
ほぼ反射で忍び刀を滝に向けて放っていた。軌道は真っ直ぐ首の中心。
それを身体を捻って避けた滝に、僕は左手で床を叩きその反動で瞬時に立ち上がった。
「煩ぇよ」
お前なんかに、僕の気持ちはわからない。僕を好きなお前なんかには絶対。
滝の横を通り部屋を出ようとした僕に、滝は腕を掴もうと手を伸ばしてきた。僕は身体を屈め、でんぐり返しの要領でその脇下をすり抜け走り出す。
僕は、嘘なんか吐いてない。善法寺先輩は先輩として大好きだった。大好きで、大好きだったのに――っ!
善法寺先輩は一度僕を裏切り、だけどそれから初めての例外となった。最悪の形で。
「ッあぁああ…!!」
苛立ちを発散させるよう叫んだ。
嫌い。嫌い。嫌い。皆嫌い。僕を好きな奴等なんて、信用出来ない。嘘つけ。煩いんだよ、嫌いだ。
僕は、僕が嫌いだよ。
つまり僕は、世界で一番、臆病な自分が大嫌いなのです。